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本やアイドルが主成分

最近読んだ本

 最近読んだ本たち。最近は精神的に参ってしまって何も読まないまま過ごした一ヶ月があったりしたのもあって少ししか読んでいないけど、そんななかでも面白い本に出会えたので良かった!ここにきてミステリも面白いかも…ということに気が付いたりもして(今更すぎる)、開拓したいジャンルが増えた!

『平成史』與那覇

 

 今年の夏に戦前戦後を中心とした昭和史を数冊読んできていたところに、ちょうどこの本が新刊で出ていたのでそのままの流れで読んだ。

昭和天皇崩御からバブルの崩壊、大震災、小泉政権の熱狂から民主党への政権交代、またしてもの大震災から平成天皇生前退位までの約30年間における政治史、経済史、文化史なのだけど、どれも主体は人間だからか、この本のベースは各時代に流れている思想の変遷、つまり思想史だという印象だった。

私はバブル崩壊後の平成生まれだから、平成という時代に対してなんとなく景気は低位で推移していていつもたいして良くなくデフレが常態化していて、今後お給料がすごい勢いで右肩上がりになる気はいっさいしておらず、その一方で老後の年金は雀の涙だろうから自分で貯めておかなきゃいけないんだろうな、上司世代が「今の若い子たちは車も腕時計も買わない」とか言うけどそりゃそうでしょ、「景気が良い」ということを肌感覚で知らないし今後それが起こる気もしないし…という漠然としたイメージを持っていてテンションが低いのだけど、テンションが低いからといって暗いわけではなくて、それが当たり前だと思っているから平気なのである。そうしたテンションがいかにして醸成されていったかということが『平成史』を読むと腑に落ちてきた。

 平成の約30年間が、マクロに見れば「アメリカの衰退」と「中国の台頭」の時代であったことを、いま疑う人はいません。この事態を日本人としての視点で捉えなおすと、冷戦体制の下では「最も進歩的な、米国の衛星国」だった自国の輝かしい側面が薄れ、むしろ「なにをやり出すかわからない中国の、危険な辺境」としての位置づけが、誰の目にも色濃くなってゆくプロセスと言えるでしょう。—514頁

 この指摘が時事にすごく詳しいわけではない自分にですら肌感覚で「分かる」と思わせる部分だったので、今後は米中関係の本を読もうと思った。

 

『右翼と左翼はどうちがう?』雨宮処凛

 『平成史』を読んだ時にこれは思想史だと思ったのだけど、その中でよく出てくる右翼と左翼、保守やリベラルという言葉を漠然としたイメージでしか認識できていなかったので読んだ。この本は「14歳の世渡り術」シリーズで出されていた本だからか、噛み砕かれていてとても分かりやすいし、両方の活動家への取材も載っているのでより具体的にイメージできて面白かった。

 右、左にかかわらず基本的に両者とも求めているものは平和な社会であるということは一致していて、そのうえで天皇や戦争、憲法や資本主義についての両者の考え方の違いを、両方の活動を経験した著者が噛み砕いていく。両者の見解においてそれぞれに分かる部分もあればいまいち共感できない部分もあるのだけど、社会を考えるにあたってはそうした「共感できない」意見も聞きたい。それを敷居の低い形で叶えてくれる本だった。

 

『太った男を殺しますか?』デイヴィッド・エドモンズ

 コロナウイルスのワクチンは医療従事者、高齢者、基礎疾患のある人や高齢者施設で働く人の順で優先的に打つことにしたわけだけど、もしコロナがもっと致死率の高い病気だったとしたら、どういう順番で打っていたんだろうか。今と同じ順番だったかもしれないし、逆に未来の生産能力を重視して若者からだったかもしれない、国を動かす人という観点で要人からか、それともこの人達がいなければ社会がまわらないという観点でインフラ関係者から?とああだこうだ想像していた中で、「公共哲学」みたいなものに興味が湧いたのでこの本を読んだ。

 一人の男が線路脇に立っていると、暴走列車が自分に向かって突進してくるのが目に入る。ブレーキが故障しているのは明らかだ。前方では、五人の人たちが線路に縛りつけられている。何もしなければ、五人は列車に轢かれて死ぬ。幸い、男の傍らには方向指示スイッチがある。そのレバーを倒せば、制御を失った列車を目の前にある分岐線に引き込める。ところが残念ながら、思いがけない障害がある。分岐線には一人の人が縛りつけられているのだ。列車の進路を変えれば、この人を殺す結果になるのは避けられない。どうすればいいだろうか?—19頁

 この本はこうした「トロリー問題」にまつわる道徳的なジレンマを哲学や倫理学がどう考えるかについて書かれている。功利主義的な考え方であれば「数」が重要だから迷わず方向指示スイッチのレバーを倒して一人を死なせて五人を助けるだろうが、そこにかかる良心の呵責にどう向き合えば良いのか。またレバーを倒す方法と、すぐそばにいた太った男を線路に突き落として電車に轢き殺させて五人を助ける方法とは、何が違うのか。本書では「目的として意図されていた結果」(太った男を突き落として殺すことを意図して五人を助ける)と、「予見はされていたが意図されていない結果」(レバーを倒せば一人が死ぬことを予見はしているが殺人を意図してはいない方法で五人を助ける)とを区別して、後者は許されるという「二重結果論」を支持している。

 こうした「何かを選ぶということは他方の何かを捨てるということだ」という状況には大なり小なり個人としても直面するのだけど、国家規模で直面した場合は本当に難しいだろうと思う。はっきりとした正解がないから、何かしらの方法で(多数決なのか強力なリーダーの独断なのか)で選んだ選択肢を一つの事例として、その良し悪しを考察し続けるしかないのかな。

 

『奥行きをなくした顔の時代』米澤泉 馬場信彦

 コロナ以降マスクをつける生活が常態化していて、コロナ以降に初めて出会った人の顔全体を見たことがない状態では、ZOOM会議やSNSにアップされた写真にうつった顔が私にとってのその人の顔である。ウィンドウという疑似空間に平面化して映る顔は情報化されたイメージであり、そのイメージが現実にとって代わる今、誰しもが自分の顔をコンテンツ化させることができるようになった。オンライン飲み会映えするお化粧や服の色、綺麗に映る自撮りや加工の方法など、自分のイメージをコントロールする方法はいくらでもある現代への移り変わりを、肖像画や肖像写真の時代から順に紐解いていく章が特に面白かった。次はもう少し身体論にフィーチャーした本も読んでみたいなと思う。

 

『身内のよんどころない事情により』ペーター・テリン

 メタフィクション好き集まれ~!!ていう感じの本。この本には主人公であり作家のステーフマン、ステーフマンが書く自伝的小説の主人公・作家のT、ステーフマンの伝記を書こうとする作家、そして実際の著者であるテリンの目線もほのかにあって、都合四人の作家が各々のレイヤーで出てくる。作家を生業にする者が自ら生み出す虚構にどれだけ自分自身を反映させるかや、想像力の限界が来てしまうかもしれないことの恐怖や創造し続けなければならないという強迫観念について、現実と虚構が入り混じる混沌とした世界の中で作家が考えたりしながら物語は進むのだけど、その作家ってどの作家?結局全部著者のテリンが反映されているのか?分からないからこそ面白かった。

 

『高い城の男』フィリップ・K・ディック

 第二次世界大戦で勝った日本とドイツが分割統治しているアメリカが舞台。勝者として傲慢な面もある日本人のもとで鬱憤を募らせつつ働くアメリカ人、一方反ナチ勢力が粛清されているドイツでは首相の死去によりナチ党内部で権力抗争が勃発しそうな不穏な雰囲気、そんな中で謎の作家が書いた「第二次世界大戦で日本とドイツが負けていたら」という歴史改変SFが日本支配側のアメリカで流行するもドイツ支配側では発禁処分されていて…という世界線で話が進むため、本当の現実を知っている読者からしたらあまりに面白くて…。読者が手に取っている歴史改変SFの中でさらに歴史改変SFが流行っているという入れ子構造。そしてこの本を書いているのがアメリカ人のディックなんだなぁということまで含めてすごく面白かった。

 

『しあわせの理由』グレッグ・イーガン

 SF短編集。どれもこれもすごく面白くて、一編ずつちびちび読んだ。

事故に遭って脳だけ助かった夫のその脳を、クローンの身体が出来上がるまで自身の子宮内で培養する妻の「適切な愛」からまず始まったところでアアア~~~!!!って大興奮して読み進めることになる。不貞行為や同性間での性行為は伝染病蔓延の原因となり得るためタブーだとする価値観を持ちあわせたウイルス学者が作った「道徳的ウイルス」は果たして本当に世界を幸せにするのか?を問う「道徳的ウイルス学者」や、四千人の仮想のドナーから製作した義神経を通して、脳内の化学物質によって感情を左右されるようになった男が主人公の表題作「しあわせの理由」も面白い。

不死の世界で量子サッカーに興ずる未来人間たちの話「ボーダー・ガード」は量子サッカーの意味がいまいち分からなくてもめちゃくちゃ面白い。

好もうと好むまいと、人間が現に生物学と文化を発達させてきたのは、死に直面していたからにほかならない—さらに、歴史上のほとんどあらゆる正義のための戦い、価値ある犠牲は、苦難や、暴力や、死に対してのものだった。これからは、そんな戦いは不可能になってしまう、というのねー298頁

 不死がもたらす幸と不幸をどう考えるか。一生死なない世界で星を転々としながら住み着いた先々で量子サッカーをし続けることの何とも言えない孤独感が抒情的で良かった。

 

『七回死んだ男』西澤保彦

 同じ一日を9回繰り返してしまう特異体質を持つ男子高校生が主人公。親戚一同が集まった新年会で祖父が何者かに殺されてしまう一日がループの「反復落とし穴」にはまったために、祖父が殺されないよう試行錯誤するが…という話。

 誰かが殺され、事件を解決するために刑事や探偵が出てきて、そのトリックを解き明かすと共に犯人の動機が明らかになり…みたいなミステリに今まで正直興味がなくて、ほとんど読んでこなかったのだけど、自分が好きなSFと組み合わさるとどうだろう?と思って読んだら、これが面白かった…!

 「反復落とし穴」にはまるタイミングは不定期なので、0時0分を境に前日の一日を繰り返して二周目に入っていることに目が覚めてから気が付くという点や、自分以外の人間は繰り返していることを知らない点、オリジナル周を含めて全部で九回繰り返すことが分かっているからこそ、祖父が殺されないようにあれこれと試すにも八周目では成功パターンを掴んでおかなければいけない点など、いろいろなルールが設定されているのがたまらない。

 

『人格転移の殺人』西澤保彦

 『七回死んだ男』がすっかり気に入ったので、別のSFミステリも読んだ。突然の大地震でファーストフード店にいあわせた6人が逃げ込んだ先は、人格を入れ替える実験施設だった。円環状に並ぶ部屋の中で、不定期の間隔で、人格が時計回りに移り替わっていく脱出不可能の空間で、連続殺人事件が起こる。死んだ人間の人格は誰で、犯人は誰の身体で誰の人格なのか?という話。読んでいる間楽しすぎてよだれが出た。

人格転移装置という一見荒唐無稽な装置がどうやって作られたのかという疑問はその装置にまつわる緻密なルール設定によって飲み込める。というか飲み込まされるのが楽しい。ルール設定を頭に入れたうえで、今いったいどうなっているのかを適宜整理しながら読み進めていき、そのルールのうえではあり得ないパターンは削除していきながら、犯人のパターンを絞り込んでいく楽しさ。

 

十角館の殺人綾辻行人

 ミステリづいてきたので勢いで超有名作も読んだ。ミステリ好きの人はみんな読んでいるイメージだけど、めっっっっっちゃ楽しかった!ミステリ好きの人はこんな面白い本をとうの前から読んでいたんですか?ずるい。もっと声を大にしてほしい(しているのに聞こえていなかっただけだと思うけど)。

 十角館の館が建つ孤島の角島を訪れた大学ミステリ研究会の七人。十角館を建てた建築家が半年前にその館のそばにある青屋敷で焼死したといういわく付きの角島で、学生たちが次々と殺されていく。その一方でその焼死事件に関するとある手紙を受け取った元ミステリ研究会の江南は、改めてその事件を追っていく—という二つの物語が同時に進む。ここが怪しいんじゃないか…ここの情報が明らかになればな…とあたりをつけながら読み進めていたのだけど、ある一文で世界ががらっと変わる、その瞬間に「おおっ!!!」と声が出たので外で読んでいなくて良かった。ページを捲るという動作も込みで楽しいので、電子書籍よりは紙で読むことを個人的にはおすすめする。

 

 自分が好きなミステリ要素が分かってきた。パズラー系であり、ルール設定ががちがちに決まっていればいるほど嬉しく、クローズドサークルものであると尚良い。西澤保彦綾辻行人、もしかしたら岡嶋二人とかも好きかもしれない…と思いながら自分にとっての新しいジャンルを開拓していこうと思うので、ミステリが好きな人はツイッターとかで声高に叫んでほしい。