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本やアイドルが主成分

2021年夏に読んだ本

 この夏、7、8月に読んだ本。BTSを好きになってから近現代史への関心が強くなったのでそういう関連の本が多かった。日本の夏は戦争を意識する季節でもあって毎年のように勉強しなきゃな…と思いながら、正直辛くて気が滅入ってしまうからという理由で避けてきたところがあったけど、読んでみるとものすごく興味深かった。今後も引き続き読み進めたいテーマ。

 

1.『ポストコロナのSF』

 日本作家によるSFアンソロジー。発達したワクチンやマスク、肌にぴたっとフィットする透明の防護服などを利用してウイルスと共存する世界観もあれば、ウイルスによってほぼ人類が絶滅してしまった後の世界観もあって、ものすごく面白い。

 私は菅浩江さんの『砂場』が一番印象的だった。飛沫感染接触感染、いったい何で感染してしまうか分からないので極度に潔癖的になった世界で子育てをする親たちを描いた話。あらゆるウイルスに対応するための三十五種混合ワクチンである「カクテル」を打つ/打たない、体質の事情で「カクテル」を打てない人は全身を防御膜で覆う「カバード」というマスクを装着するが、あまりに異様な見た目なのでネガティブなイメージを持たれている…など、まさに今に通ずる話が出てくる。リスクに対する見積もりは本当に人によるから、過度に見積もっているように感じられる人がいたとしても、その人のリスク感覚を馬鹿にしてはいけないなぁと思った。

 

2.『わが悲しき娼婦たちの思い出』G・ガルシア=マルケス

満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝にしようと考えた。

という書き出しの通りの話。勝手にデルガディーナと名付けた少女の娼婦がすやすやと眠る様を見るだけで高揚する老いらくの恋。デルガディーナとはセックスもしないどころか、寝ている彼女としか会ったことがないので会話もないのだけど、それだけで満たされて生きる活力を得ていく主人公の生命力が凄まじい。自分が恋を謳歌していることをとにかく外へ外へと発信していくパワーが何ともラテンぽくて面白い。

セックスというのは、愛が不足しているときに慰めになるだけのことだよ。—79頁

 

3.『眠れる美女川端康成

 『わが悲しき娼婦たちの思い出』で冒頭に引用しているのがこの『眠れる美女』の一節。『わが悲しき~』は本書にインスピレーションを受けて書かれたらしく、二作の話の題材は同じ「老人の男が眠る少女の娼婦に恋をする」話なのだけど、日本とコロンビアではこうも違うかとびっくりするくらいに、テイストが全然違う。

 『わが悲しき~』では恋愛にテンションの上がった老人がとにかく外向的になっていってまさに恋するパワー!て感じだったけど、『眠れる美女』の江口老人はとにかく内省的になっていく。眠る娼婦の身体つきを子細に観察し表現する湿っぽさと、自分のこれまでの女性遍歴を思い返しながら自分の老いや先行き短い生に思い至ったりする内省的な態度が湿度120%という感じで、対比するとなんだかものすごく"日本"を感じる。あと女性遍歴を思い返す時に何より自分の母親が出てくる感じも母子密着の日本っぽい。母を慕う息子、というのは日本文学で結構出てくる気がする。

 本書に収録されている三編には全て「眠り」が共通項として出てきていてどれも面白かった。中でも私は『散りぬるを』が好き。「滝子と蔦子とが蚊帳一つのなかに寝床を並べながら、二人とも、自分達の殺されるのも知らずに眠っていた。」という書き出しが良い。それこそマルケスの『予告された殺人の記録』みたいに、もうこの先必ず誰かが殺されることが分かったうえで話が始まるこの不穏さ。

 

4.『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

 実は初カズオ・イシグロ。好きだと思うよと薦められて読んだら実際に好きだった。ヘールシャムという施設で育ったキャシーが主人公。なぜヘールシャムで暮らしているのか、なぜ自分たちは毎週健康診断を受けているのか、なぜ先生たちは図画工作の授業にこんなに注力しているのか、日常の中でふと湧いてくる小さな疑問に対する答えが徐々に判明していく中で、残酷な真実を静かに受け入れて生を全うするキャシーたち。提供者の人権を軽視した他施設と比べて情操教育に力を入れているヘールシャムの方が優しいのか?かえって残酷ではないか?そもそも提供者として生まれてくることに対して何の選択権もない時点で人権なんて無いのではないか?…などいろんなことが気になって、読んだ後は何とも言えず悲しかった。

 

5.『ヴィーナス・プラスX』シオドア・スタージョン

 これ面白かった…!!主人公のチャーリーが目を覚ますとそこは「レダム」という謎の世界。銀色の空、荒唐無稽な建物、奇天烈な服を着た男か女か分からない住人たちに取り囲まれ混乱するチャーリーに託された使命は、レダムの文明を評価することだった—というストーリー。レダムはどうやらホモサピエンスが絶滅した後の未来であるらしいのだけど、そのレダムでは人々に性差がなく、ゆえにジェンダー差別もなくてみんな和気藹々と幸せそうに見える。しかしそこにはとある真実が隠されていて…というまさにどんでん返しが待っているのと、そのどんでん返しを受けてチャーリー(とその読者である私たち)がどのようにしてレダムの文明に対する評価を変えてしまうのか、という思考実験小説でもある。対岸のマイノリティには寛容になれるが隣人のマイノリティには不寛容で潔癖である、という人間の性が描かれているようで皮肉がきいていた。

 

6.『あなたが消された未来 テクノロジーと優生思想の売り込みについて』ジョージ・エストライク

 『わたしを離さないで』、『ヴィーナス・プラスX』と生命倫理を問う小説を続けて読んだので、次はこれを読んだ。著者はダウン症の娘を持つ父親。本書はまず、昔は思想として是とされていた優生学を下敷きにして行われてきたベター・ベビーコンテストやフィッター・ファミリーコンテスト、知的障害のある人に対して合法的に強制不妊手術を受けさせることを容認する最高裁判決など、優生思想を巡る歴史を概観する。そして今、さすがにそこまで露骨な優生思想は見えづらくなったとはいえ、本当に残ってはいないか?ということを著者は問う。無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)を取り扱う会社の広報動画には幸せそうな老若男女はたくさん出てくるが、そこには例えばダウン症などの人は出てこない。それはその検査の結果ダウン症などの人が"取り除かれる"側の人であるという優生思想の刷り込みがありはしないかという指摘や、そうした実は残っている優生思想を上手く覆い隠すレトリックの妙などに触れていて、考えさせられる内容だった。本書で触れられているアリソン・ケイファーという人が提唱する「障害は人間関係の中で、人間関係を通して経験され、孤立しては発生しない」ということが本質なのだなと思った。

 

7.『ひとはなぜ戦争をするのか』アインシュタインフロイト

 この夏アインシュタイン展に行った際に、アインシュタインアメリカへ亡命した後、ルーズベルトに対して原子力の軍事利用の可能性を示す手紙に彼が署名したことを初めて知った。直接原子力爆弾の製造計画に関わったわけではないのだけど、物理学者や科学者と政治の関係に興味があるな~と思って、とりあえず読んだのがこれ。アインシュタインフロイトの間で交わされた戦争をテーマにした書簡が収録されている。人には破壊衝動(タナトス)があって、戦争を抑止するにはそれに打ち勝つ生への欲求(エロス)を呼び覚ます必要がある、そしてその生への欲求を高めるには文化の発展が必要である、というフロイトの話が面白かった。文化の発展とはすなわち欲動をコントロールする知性の力の高まりであることは感覚的に分かるのだけど、本来知性が高いはずのエリートが寄って集まってあらぬ方向へ舵を切ってしまった事例もあるわけで、本当の知性とは何なんだろうな、難しいなと思う。

 

8.『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子

 点と点が線!!!!!!!になった本。めちゃくちゃ分かりやすい。日清戦争から太平洋戦争までの対外戦争において、官僚、軍人、そして国民がいかにして参戦を決めた、あるいはそのムードを作り上げたのかということが分かる。何を決めるにしても大義名分や一応の論理が必要なわけで、それをいかにして作り上げるか、ということにおいて無理が生じていたパターンや精神論に拠りすぎているのではないかと思われる場合などがあってすごく興味深かった。この本を読む前、読んだ後では近現代史の本を読む時の解像度がかなり変わった気がする。

 

9.『憲法問答』橋下徹、木村草太

 『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』の中で、憲法学者の長谷部恭男先生がルソーの論文に着目して「戦争は国家と国家の関係において、主権や社会契約に対する攻撃、つまり、敵対する国家の憲法に対する攻撃、というかたちをとる」と指摘していると書かれていた。なるほど確かに戦後日本の憲法が変わって主権も変わったな、と腑に落ちて、しかし今改憲の是非を問う中でその争点とかを詳しく分かってないなと思ったので読んだのがこの本。ロザンのYoutubeで紹介されていて知ったのだけど、憲法改正に対して立場の違う二人の意見が一冊で読めるのが良かった。結果自体は民主主義のもと多数決で決まった場合自分の意見と相容れないことがあるかもしれないけど、その結論が導き出されるプロセス、手続法が納得いくものでなければならない、またその結果の行方をきっちりと監視し暴走しないよう抑制するために三権が分立して正当な権力を持っていなければならないという話は納得感があった。

 

10.『軍隊マニュアルで読む日本近現代史』一ノ瀬俊也

 明治期以降軍隊にまつわるマニュアル本が多数出版された。兵営事情の案内書や入営・凱旋・葬儀の際の挨拶例文集や遺書執筆指南まで、幅広いマニュアル本がいかに国民へ普及し、それを国民がどう受け入れ、国がどう国民の士気を高めようとしたか、ということを読み解く一冊。特に大国ロシアに辛勝した日露戦争以降のマニュアルの精神論一本槍感がすごいのだけど、これがマニュアルとして生活に染みわたっていくとそれに反するようなことを大っぴらに口にするのは憚られる空気感が生まれるだろうし、自ずと身体化させていくようになるんだろうなと思った。

 

11.『日本軍兵士』吉田裕

 一口に戦死者○○万人といっても、その死に方は様々である。まさに敵に撃たれて命を落とすことも当然にあるが、それ以外の死に方、飢餓や感染病、自殺などが実は相当数に上ること、そうなってしまった背景などを書いた本。先に読んだ『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』や『軍隊マニュアルで読む日本近現代史』などでも指摘されていた通り、やはり太平洋戦争における戦略にはかなりの無理が生じていたと思うのだけど、その無理を直接的に被るのは兵士や一般家庭だ。戦況が悪化するにつれて徴兵基準が徐々に引き下げられまさしく総動員に近い形になると、そもそも戦場で耐えられそうにない身体能力の人たちまで駆り出され、撃たれずとも命尽きてしまう。また捕虜となることを忌避する、忌避せざるを得ない軍の空気感の中で自殺する。これを一口に「戦死者」と括ってしまうと見えなくなるものがあるし、現在になって過去から学べなくなってしまう。

 

12.『歴史認識 日韓の溝』渡辺延志

 徴用工訴訟などの問題について解決の糸口を見いだせないまま日韓外交関係は戦後最悪とまで言われていることは知っているが、その争点について、両国がどのような言い分を持っているのかを理解していなかったので読んだ本。二国が徴用工問題のそれぞれどこに重きを置いているのかを整理すると、争点が噛み合わない訳が分かった気がした。そしてその噛み合わない原因である歴史的背景を探るべく、東学農民戦争まで遡り、関東大震災三・一運動などの経緯や実際に起こったことの住民の証言などを調査し、両国間で齟齬が起こっている原因を考察していく。実際に起こったことを事実そのままに認識することは必要であると思うけど、それを前提にしたうえでその認識にズレが生じる場合、いかにして条約や法に則った説明をして折り合いをつけていくかが政治外交に求められる手腕なのだとしたら、かなり難しいなと思う。

 

13.『昭和史 1926-1945』半藤一利

 昭和の対外戦争がいかに始まり、いかに終わるかまでを書いた昭和時代の通史。大事な戦争の局面において天皇が聖断する、という場面が多々出てくるのだけど、そういえば自分は天皇制度というものをよく分かっていないなと思ったので次の課題になった。またこれは今現在の話かな?と思う指摘があって、一つ目は国にとっての「したくない」が「ならないだろう」の思いに通じ、最後は「ならないのだ」と決めつけてしまうこと、二つ目は最大の危機において抽象的な観念論を好み、具体的で理性的な方法論を検討しようとしないこと。これはどこの国のコロナの話???という感じで歴史は連綿と続く…と思ってしまった。

 

14.『ふだんづかいの倫理学』平尾昌宏

 理系、文系を問わずいろんな本を読んでいて毎回思うのが、全ての道は倫理に通ずるのだな、ということなのだけど、そもそも倫理学を勉強したことがなかったのでこの本を読んだ。そしたらこれがすごく面白かった!!!日々生活する人々の人間関係も、国内のあらゆる問題も、外交問題も、自分が、そして相手がこの倫理学におけるどの部分を重視しているのかを整理すれば、相手の言っていることが皆目意味が分からない、と議論を放り出したくなるようなことにはならないのではないか、という気がした。倫理が働く領域(社会、身近な関係、個人)と、そこでの基本原理(正義、愛、自由)、それをさらに細分化したパターンがあって、この問題はいったいどこが争点になっているのかをこのテーブル表を基に冷静に考えてみるのがいいのかもしれない。あと、そのテーブル表のバランスが大事なんだな…と、どちらかというと正義に偏りがちであることを自覚しているので思ったりした。今度はミルの『功利主義』や儒教の入門書を読んでみようと思う。

 

 この夏に読んだ本も面白いのばっかりだった!少し物語離れしてきている気がするけど、何かを知りたいがために読む本の面白さは20代後半になってようやく覚えた新しい感情だなと思う。