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ラブストーリーをあまり読まない私が好きな恋愛小説

 もうすぐバレンタインなので本屋さんでもレシピ本のフェアやチョコと一緒に贈りたい本特集みたいなのをやっているのを見かける。そこでタイトルの通り、ラブストーリーをあまり読まない自分が好きな恋愛小説フェアを勝手に開催する。ラブストーリーが苦手なわけではないのだけど、どうにもひねくれ者なので、ザ・王道だとなかなか入り込めず…という難ありな私にオススメの恋愛小説フェアを開催してくれるひねくれ本屋さんがどこかにあればいいのに。

 今回も頭に数字はふっているけれど、思いついた順であってランキングではない。

 1.『若きウェルテルの悩み』ゲーテ

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)

  • 作者:ゲーテ
  • 発売日: 1951/03/02
  • メディア: 文庫
 

ぼくだけがロッテをこんなにも切実に心から愛していて、ロッテ以外のものを何も識らず、理解せず、所有してもいないのに、どうしてぼく以外の人間がロッテを愛しうるか、愛する権利があるか、ぼくには時々これがのみこめなくなる。—112頁 

 とにかく濃ゆい小説。 婚約者のいるロッテに対するウェルテルの思いがこれでもかと詰め込まれていて息苦しくなる。人を好きであることと、その思いが実らなくて悲しいということを表現する言葉のバリエーションがこんなにもあるのか、という驚きもある。

(ネタバレに近いから文字色を変えるけど、恋心が拗れに拗れて切迫しているウェルテルが、わざわざ「ウェルテルは自殺を考えているのでは…?」と内心で思っているロッテの手からウェルテルの従者に銃を渡させるシーン、私がロッテなら一生のトラウマだよ…爪痕の残し方がえげつない…)

 

2.『はつ恋』ツルゲーネフ

はつ恋 (新潮文庫)

はつ恋 (新潮文庫)

 

「わたし、こっちで上から見下ろさなくちゃならないような人は、好きになれないの。わたしの欲しいのは、向うでこっちを征服してくれるような人。…でもね、そんな人にぶつかりっこはないわ、ありがたいことにね!わたし、誰の手にもひっかかりはしないわ、イイーだ」—50頁

 16歳の主人公ウラジミールが年上の令嬢ジナイーダに恋をする話なのだけど、こんな台詞を言ってしまう奔放で負けん気の強そうな女、そりゃ好きになるわ…とウラジミールの気持ちになって胸を掻きむしりたくなる小説。かつ、これもまたトラウマ的展開が待っていてウラジミールのその後が心配になる。元気か?

しかし私はこういう女の子が好きだな~既視感があるな~と思ったら、谷崎潤一郎の作品に出てくる女性っぽいのかもしれない。『痴人の愛』のナオミみたいなはねっ返りの強さ。

 

3.『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)

 

 「現代でもっとも悲痛な恋愛小説」というキャッチフレーズがついているらしい。胸に睡蓮の花が巣食う奇病にかかったクロエが衰弱していく様が、そこから解放されるには死しかないことを物語っていて悲しい。コランとクロエ、シックとアリーズ、どのカップルも真っ直ぐに愛し合っているがゆえに世界と均衡がとれなくなっていく様子はまさに悲痛だった。 

 

4.『卍』谷崎潤一郎 

卍(まんじ) (新潮文庫)

卍(まんじ) (新潮文庫)

 

 今まで読んだ谷崎の中で一番好きな小説。 既婚者である園子が光子という女性と恋仲になるも、光子に執心している男・綿貫から妨害され、そこへ園子の夫も絡んできて…という、まさにドロドロの四角関係。奔放で妖艶な光子の魅力に抗えない三人が嫉妬したり疑心暗鬼になったり悶え苦しんだりする様子が凄まじく濃密。

 

5.『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上弘美

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

ニシノユキヒコの恋と冒険 (新潮文庫)

 

恋とは何だろうか。人は人を恋する権利を持つが、人は人に恋される権利は持たない。 

 川上弘美さんの恋愛小説といえば『センセイの鞄』も好きだけど、私はニシノユキヒコの方がもっと好き。ニシノユキヒコと関係のあった女がそれぞれに語る、その人自身の"ニシノユキヒコ"の話。清潔で所作も滑らかでそれでいて悪気のない人たらしで決して自分だけのものにはならないニシノの内部に絶対的に存在する孤独を感じ取って離れていく女たち。ニシノはジュノ・ディアス『こうしてお前は彼女にフラれる』の主人公・ユニオールに似ているなぁ。

 

6.『袋小路の男』絲山秋子

袋小路の男 (講談社文庫)

袋小路の男 (講談社文庫)

 

あなたはハンサムだったけれど、死んだ魚にも似ていた。 

 ものすごく好きでよく思い返す小説。高校の先輩だった小田切孝を思い続ける主人公・日向子の話。恋人同士になることも触れ合うこともないまま、のらりくらりとかわしてばかりの小田切と彼を思う日向子、二人の距離感と温度感があまりに絶妙。「ハンサムだけど死んだ魚に似ている男」という描写が小田切の憎めない魅力をいっそう引き立てている気がする。

 

7.『カソウスキの行方』津村記久子

カソウスキの行方 (講談社文庫)

カソウスキの行方 (講談社文庫)

 

 もっともテンションが低い恋愛小説なのでは?と思う。 職場での憂鬱な日々を少しでも明るくしようと思い、同僚の森川さんに対して人知れず"仮想好き"の気持ちを持ってみる主人公・イリエの話。とはいえ自己分析をやめられずいまいち乗り切れないイリエが面白い。誰かを熱烈に恋する話ではなくて、不安定な日々をどう生きていくかというライフハックの一つとしてぼんやりとした恋心を自ら育てようとしてみる、という話で、このテンションの低さが心地いい。

 

8.『すべて真夜中の恋人たち』川上未映子

すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫)

すべて真夜中の恋人たち (講談社文庫)

 

生きることにこつというものがもしあるとするなら、それはやっぱり全面的には深刻にならないことよね。 

 自己表現することが苦手で自ら選ぶことが不得手な校閲者の冬子が、カルチャーセンターで出会った年上の男性・三束さんに恋をする話。三束さんに感情をぶつけられない冬子の切迫感に苦しくなる。冬子は全面的に深刻になるタイプなんだと思う。また冬子と対照的な友人・聖が良いキャラクターなのだけど、冬子だけでなく一見上手くやっているように見える聖だってみんな不器用で生きづらさを抱えていて、悪い意味ではなく、許し合いと折り合いの世界だなぁと思った。

 

9.『白いしるし』西加奈子

白いしるし (新潮文庫)

白いしるし (新潮文庫)

  • 作者:西 加奈子
  • 発売日: 2013/06/26
  • メディア: 文庫
 

なんてことのない、些細な動作だった。でも、私はその一連の動作を見て、彼が、自分にとってかけがえのない人間になるだろうと思った。分かった。

 「思った」のではなく、「分かった」のだからどうしようもない。理屈も根拠も抜きにした神の啓示に近い確信めいた直観で間島のことを好きになってしまった主人公・夏目の話。募りに募って間島のいるところでは食べ物すらも口に入らなくなるような身を削る恋とその終わりは、とにかく心も体も痛くて、でもそれが"生きている"という感じがする。

 

10.『生きてるだけで、愛。』本谷有希子

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

 

「いいなあ津奈木。あたしと別れられて、いいなあ」 

 自己完結しているわりに誰かと繋がりたくて、誰かに自分を分かってもらいたくて、だけど自分ですら自分のことがよく分かっていない寧子と、そんな寧子と同棲している津奈木の話。自分は自分と別れられないことの現実にどう向き合っていくのか、という課題は寧子だけでなく多かれ少なかれ全員にあると思う。

 

11.『勝手にふるえてろ綿矢りさ

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)

  • 作者:綿矢 りさ
  • 発売日: 2012/08/03
  • メディア: 文庫
 

  彼氏が二人いるヨシカ。少ししか喋ったこともないのにずっと思い続けている中学時代の同級生「イチ」と、全然タイプではないがヨシカのことを好きだと言ってくれる男「ニ」。男を名前でなく「イチ」、「ニ」と数字で振り分けている時点で恋に恋する状態というか、相手の本当の姿は全く見えていないのだけど、それでも思い込みだけで片想いし続けられるそのパワーと痛々しさに身に覚えがありすぎるし、「ニ」に飛び込むのは妥協ではなく"挑戦"だということもよく分かった。

それにしても綿矢さんは登場人物の名前の出し方が上手すぎる。本作然り、『かわいそうだね?』に収録されている『亜美ちゃんは美人』然り、ぞくっとする出し方をする。

 

12.『とうへんぼくで、ばかったれ』朝倉かすみ

とうへんぼくで、ばかったれ
 

(文庫化の際には『恋に焦がれて吉田の上京』と改題されているけど、私は『とうへんぼくで、ばかったれ』の方が本作っぽいなと思っている。)

どうして、エノマタさんというひとは、わたしの思った通りではないのだろう。

 本当に、どうしてなんだろうね。

と当たり前のことなのにそんな当たり前のことがどうしても理解できないの分かるな…と頭を抱えてしまう小説。一目惚れした中年の男を追って上京した主人公・吉田は「会いたい」と「知りたい」でほぼ10割だから、それ以上のことは求めているようで実は心底では求めていないし、自分の中で確立させすぎた相手の像と実際の人物像との差異を埋め合わせする作業ほどエネルギーのいるものってないから、やっぱり上手くはいかない。

 

13.『ジャイアンツ・ハウス』エリザベス・マクラッケン

求めていたのは、わたしというおかしな人間の成り立ちをむしょうに知りたがり、発見があるごとに驚いてくれる人。「それで?それで?」と、飽かずに訊いてくる人。 

 堅物な女性司書ペギーと巨人症の少年ジェイムズの話。ペギーもまた自己完結している人なのだけど、それでもやっぱりそんな自分のことを知りたがり、発見があるごとに好意的に驚いてくれる人がほしいし、それがジェイムズだったんだなぁと思う。そんな二人が不器用にお互いを思い合っている様子は紛れもないロマンスで心温まるのだけど、そんな中でもジェイムズの身体は日に日に大きくなっており、逃れようもない悲劇が本のページ数とともにだんだんと近付いてきていることが分かって悲しかった。結末は驚きがあるけど、ハッピーエンドだと思う。

 

14.『初夜』イアン・マキューアン 

初夜 (新潮クレスト・ブックス)

初夜 (新潮クレスト・ブックス)

 

 結婚式を挙げ、初夜を迎えるべくホテルにチェックインした若い夫婦のほんの数時間を描いた小説。性的な話題を口にすることも憚られ、婚前交渉も当たり前ではない時代背景の中、二人の間のほんの少しのボタンの掛け違いが大きな隔たりを生む。些細な一言や小さな仕草、表情が取り返しのつかない事態を生むことがあって、あの時こういう言い方をしていれば、とか、もう少し寄り添えていたら、とかのたらればは挙げ出したらキリがないけれど、もう起こってしまったことなんだなぁ…という人間関係の難しさ。これほどまでに繊細な小説はなかなかないと思う。 

 

15.『愛のようだ』長嶋有

愛のようだ (中公文庫)

愛のようだ (中公文庫)

  • 作者:長嶋 有
  • 発売日: 2020/03/19
  • メディア: 文庫
 

 「本当に好きな人が出来られたら仕方ないよね」

できられたら、と水谷さんは誤った実感のある言い方をした。—133頁

 私の中の「このフレーズがすごい」ランキング上位。普通なら何て言うだろう、「本当に好きな人ができちゃったら仕方ないよね」とかかなと思うが、これならたいして心に残らないだろう。「出来られたら」という普段は使わない言い回しにこそとてつもない実感と切実さが詰まっていて、長嶋さんはすごいなぁと思った。

 

 こうして自己満足でまとめてみると、ものすごく低体温でテンションの低い恋愛至上主義ではない恋愛小説、もしくは拗らせぶっとび系(というと安っぽく聞こえるけど)主人公の自己完結気味な恋愛小説が好きなのかもしれない。もしくは、ラブストーリーではないけど、濃密すぎる二人の関係が描かれている小説とか。イアン・マキューアンで言うと実は『愛の続き』の方が、本谷有希子も『乱暴と待機』の方が好みだったりはする。

 

 恋愛小説でいうと最近はイアン・マキューアンの新刊『恋するアダム』を買ったので、近いうちに読みたいと思う。「アンドロイドが恋をした。よりによって、ぼくの愛するミランダに。」という帯文、あまりに自分が好きそ~~~(AIとか人工知能とか大好き)と思う。楽しみ。