私が主に読むのは文学なのだけど、それにしても出版社の多いこと多いこと。あらゆるレーベルからたくさんの単行本、文庫本、シリーズが発売されていて、ほぼ毎日本屋さんへ行く私からすると毎回新刊に出会えて楽しい限りである。ところで読書を趣味としている人にはおそらくあるだろう「推し出版社」。作品のラインナップはもちろん、文字のフォント、栞やスピン、装丁など、推し出版社の話を友達とするとその基準は様々で面白い。なので今回は自分の推し出版社をいくつか挙げていきたい。
河出書房新社
日本文学、海外文学を問わず、チョイスが渋いイメージ。松浦理英子、笙野頼子を読むなら河出。
ある朝目が覚めたら右足の親指がペニスになっていた女子大生の話。一夜にして突然に性的に異形(あえてそう表現します)になってしまった主人公が性的マイノリティーの見世物集団「フラワー・ショー」の一員となり旅をして回るなかで、男性・女性の身体観や性愛観、恋愛観に思いを巡らせる。"セクシャリティの常識"って何だ?これを読むと実は凝り固まっていた自分の先入観に気付かされるうえに、脳みそをぐわんぐわんと揉みに揉まれるよう。松浦さんのぐつぐつと煮えたぎった思考が凝縮されており、読む者の思考と絡まりあう。思考VS思考。
醜貌を自認し一人で穏やかに暮らす作家の八百木に、結婚第一で男尊女卑全開の女ゾンビたちが次々と襲いかかる話。本作が書かれたのは90年代後半だけど、現代も「モテ」や「男ウケ」などの言葉が溢れ、それらに食傷気味である私にとっては恐ろしくも痛快な小説で面白かった。時代は変わっても女性が背負う他からの先入観や偏見、理想像はなかなかなくならないし、それを受け入れた方が生きやすいこともあるという諦念と易きに流れる気持ちが、自分に無いとは言えない。
私は知っている。最悪のこばと会よりも凶悪なもの、それはごく普通の善良な男性。
という一文があるが、いつでも一番怖いのは「自分の中の常識が正しいと信じて疑わない、ごくごく善良な正義の人」だと思う。本作が面白かった人は『絶叫師タコグルメと百人の「普通」の男』もおすすめ。笙野さんの文学は独特のグルーヴ感と筆圧があって、読んでいるとすごい力で引っ張られてしまう。
河出は松田青子『スタッキング可能』や綿矢りさ『インストール』など、新進気鋭の尖がったデビュー作を発刊しているイメージもあり、そこも好き。また河出は海外文学の文庫化が粋なラインナップのイメージ。
タイトルといい表紙といい、パンクで良い。幼くして母親を亡くし、10歳で実夫と近親相姦関係になるも、父に新しい彼女ができると父の気を引こうと発狂。その後父親と別れて不良となり暴力、セックス、ドラッグと放蕩の限りを尽くす少女・ジェイニーの話。読むと血と体液で体がべたべたになるような感覚。捨て鉢で衝動的で誰かと交わらずにはいられないジェイニーの、「本当は愛されたいだけなのに」という心の叫びが苦しい。村上龍『限りなく透明に近いブルー』を読んでいる時の感覚に近いものがあった。
文庫化といえばスタニスワフ・レムの『完全なる真空』が2020年1月に河出から発売される…?当初2019年9月の予定だったと思うが、延びても良いので是非とも発売してほしい。
※その他、好きな本。
白水社
エクス・リブリスシリーズ!そして白水Uブックス!世界中の面白い小説を発刊している出版社であり、海外文学初級者としても入りやすい作品ラインナップ。エクス・リブリスシリーズの背表紙の統一感も好き。
これはエクス・リブリスシリーズではないが、白水社出版。エリザベス女王二世が読書にハマる。公務は上の空、隙を見ては本を読みふける女王をよく思わない側近たち。読書をし、知識を蓄えることを良しとしない英国上流階級の暗黙のルールを風刺するユーモアに笑いつつ、それでも本を読み続ける女王の姿に共感を覚える。
一冊の本は別の本へとつながり、次々に扉が開かれてゆくのに、読みたいだけ本を読むには時間が足りないことである。
など、本好きあるあるとして頷くばかり。その他にも、読書にもある種の筋力が必要だということや今まで本を読んでいなかった時間が惜しいということ、そういった気持ちを身分も国籍も違う女王と自分が共有できることの面白さと、読書の楽しさの普遍性を感じる作品。
「本は暇つぶしなんかじゃないわ。別の人生、別の世界を知るためのものよ。」
白水Uブックスも好き。岸本佐知子、柴田元幸、須賀敦子…と豪華翻訳者陣が揃っている。白水社単行本の文庫化、という感じだが新書サイズ。
パリの郊外で暮らすヴィクトールは職なし、家族なし、恋人なしの貧乏青年。愛されたい、特別でありたい、認められたい、感謝されたいというような、誰しもが多かれ少なかれ持っている欲を固めて具現化したようなヴィクトールが空回りし続け誰にとっての何者にもなれない様子が、ユーモラスに描かれているからこそ余計に辛く哀しい。ヴィクトールと自分の間には彼のような承認欲求を上手く隠して社会に適応している(フリをしている)がどうかの僅かな差しかないように思う。
白水社ではその他、三浦大輔『愛の渦』やリディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』も面白くて印象に残っている。
※その他、白水Uブックスで好きな本。
筑摩書房
こちらも国内外問わず渋めの作品チョイス。また、文学以外の学術系も面白いので大好き。最近の筑摩書房で痺れたのはやはり今村夏子の登場。
はっきりと明記はされていないが、恐らく発達障害なのであろうあみ子。あみ子には一切の邪気はないのに、何をしても裏目に出て周りの人を傷つけてしまう。なのにそのことに対して悲壮感を漂わせず、人に拒絶されていることにも気付かないあみ子と、そんなあみ子を受け入れることができず人間関係が崩壊していく周囲の人たち。誰が悪いわけでもなく、ただただ、通い合うことができない悲しさ。読み終わった直後、ひたすらにぼぉ~っとして、しばらく元の世界に戻ってこられなかったことを、今でも鮮明に覚えている。よく分からないけどすごいものを読んだな…という感覚。
筑摩は文学以外も面白い、ということで以下。
- 作者: ピエール・バイヤール,大浦康介
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2008/11/27
- メディア: 単行本
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「全体の見晴し」が分かっていれば未読本を語ることができる、そもそも「読んだ」ことの証明もあやふやで脆い。読んだ本に関する感想も著者によると「内なる書物」の、自分が創造した本についての感想であり、それは本当にその本を「読んだ」ということになるのか?という著者の指摘が斬新で面白い。
※ジェンダーを考える良書。
以上、推し出版社3選でした。その他にも早川書房は海外文学も面白ければやっぱりSFの青背も良いし、桜庭一樹さんが『読書日記』シリーズでその面白さを教えてくれた東京創元社も好き。結局どこも好きなので、これからも面白い本を出版し続けてほしい。