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2020年に読んで良かった本10冊

 今年一年間に読んだ本の中から特に面白かったものを十冊選んで残しておく。今年は外出自粛時期があったり行く予定にしていたライブが中止になったり海外旅行ができなかったりしたし、会社から同僚との飲み会禁止を言い渡されたために仕事終わりも直帰が増えて、格段におうち時間が増えた、にも関わらず例年より本を読まない一年であった…。デビューしたSnow Manのメディア露出がとにかく多く、常に「まだ見ていないものがある」状態であったから(それは今も)、ということもあったけど、そんなことよりもマズイのはなぜかスマホを見る時間が増えてしまったことである。後悔がすごい。反省。

 

 ということもあって少ししか読めなかったけど、フィクション/ノンフィクション問わず特に読んで良かった本を十冊。思い浮かんだ順に挙げているだけで、特に順位は決まっていない。

 

1.『観光』ラッタウット・ラープチャルーンサップ

観光 (ハヤカワepi文庫)
 

「セックスと象だよ。あの人たちが求めているのはね」

—「ガイジン」11頁

 こう書くと安っぽいのだけど、これを読んで、ここ数年で一番泣いたかもしれない。単純に悲しいとか嬉しいとかそういう感情で泣けるのではなくて、ありとあらゆる感情が絡まりあって訳も分からず泣いてしまった、という感じ。微笑みの国、観光立国タイに住むタイ人たちがそこを訪れる"ガイジン"を見る冷めた目、日常に横たわる男女格差、貧富の差、兵役制度、難民の暮らし。そんな中で生きるタイの若者たちの姿が泥臭く美しくて、読み終わった後は希望があるような、でも絶望も感じるような、何とも言えない感情でしばらくぼーっとしてしまった。

 

 余談なのだけど、この本を読んだきっかけは向井康二くんが日本とタイのミックスで、タイ語が話せたりムエタイ経験があったりとタイの話がちょくちょく出てくることから、タイを感じられるものを読みたい、と思ったことだった。オタク全開の理由である。そう思って他にも『プラータナー』や『パンダ』を買ったのに積んだままにしているので来年には読みたい。ただタイ文学を調べてもあんまりたくさんは出てこないな~と思ったのだけど、最近アジア文学ブームが来ているので、これからはタイ文学ももっと読めるようになるかもしれない。というかタイ行きたい。

 

2.『もうダメかも——死ぬ確率の統計学

  これ、今年読んだノンフィクションの中でもダントツで面白かった気がする。日常生活における人間の行動が引き起こす「死ぬ確率」や、人間の生活習慣がその人間の寿命を短くするその割合を、本作独特の単位を用いて考える本。数字がたくさん出てくるけれども、数学が得意でなくても断然楽しめる。

 色々なシチュエーションにおける死ぬ確率を具体的な数字で言い表すことができるが、それを受けた人間がどう感じどう行動するかによってその確率は刻々と変化していくわけで、結局は「全ては人による」という何とも非科学的な結論に行きついてしまってめちゃくちゃ面白かった。

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3.『すごい物理学講義』カルロ・ロヴェッリ

すごい物理学講義 (河出文庫)

すごい物理学講義 (河出文庫)

 

 今年は何といっても映画『TENET』に激ハマリした年だった。ハマりすぎて映画館へ五回も観に行ってしまった。『TENET』はざっくりとそのストーリーを説明すると、第三次世界大戦から人類を救うべく、主人公の名もなき男がニールという男とバディを組み、任務を遂行するという話なのだけど、そこで肝になるのが"時間逆行"という現象なのだ。人や物が過去へと移動できるという逆行現象を駆使する登場人物たちが作中で「エントロピーの減少~」とか「陽電子は逆戻りできる~」とか言っているのを聞いて、映画鑑賞一回目の自分の頭の上に盛大にはてなマークが浮かんでしまったので、物理学を知りたい!ということで読んだ中の一冊がこれ。

 

 物理学は高校生の頃に基礎を学んだ程度で詳しくは何も知らないので、まずは別冊ニュートンで絵や図がたくさん載っているものから読み始め、『すごい物理学講義』と同じ著者の著作『すごい物理学入門』や『時間は存在しない』などを読んだのだけど、これが一番網羅的かつ少し詳しくて面白かった。物理学の歴史を古代から順に解説しているので、例えばアインシュタイン相対性理論ニュートンの理論をどう修正したかなど、体系的に把握できて分かりやすい。 私に特に素養があるわけではないので全て完璧に理解したということはないけど、二回目以降TENETを見る時の解像度がぐっと上がった気もするしそうでもない気もする(TENETは物理知識がなくてもめちゃくちゃ面白い)。

 ただ著者が相対性理論量子力学を統合する理論としてのループ量子重力理論を掲げる人なので、他方で同じく統合理論として挙げられる超ひも理論のことがいまいち分からないし、もっと言うと量子力学がなんだか難しい気がした。それについての易しい本を来年は読みたい。そして『TENET』のブルーレイを買う。2021年1月8日発売だよ!

 

4.『悲しみを聴く石』アティーク・ラヒーミー

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

悲しみを聴く石 (EXLIBRIS)

 

「でも、心配しないで。私の秘密には終わりがないから」女の言葉はドアの向こう側で響く。

「だって今、私はあなたを失いたくないもの!」—80頁

 舞台はアフガニスタンなのかそうでないのか、明記はされていないが紛争地域であることは分かる。そこで戦場から傷を負って植物状態になって帰ってきた夫を看病する妻が、何の反応も示さない夫に向かって今までずっと秘めていた胸の内を語り出す―という話。 

 これまで男性に、閉鎖的な地域社会に、あらゆるものに抑圧されてきた女性が、告白を通して解放される話である。夫の寝室を定点カメラを通して見ている視点で話が進むので、終始緊張感が漲り続ける。結末をどう捉えるかは読者によって異なると思うが、私にとってはもうとにかくやるせなくて、どうしようもなく泣きたくなった。

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5.『群衆心理』ギュスターヴ・ル・ボン

群衆心理 (講談社学術文庫)

群衆心理 (講談社学術文庫)

 

 今年は言わずもがなだけどコロナウイルス抜きに語れない一年となってしまったが、コロナをきっかけに色んなことに興味が湧いてきた一年でもあって、その参考になりそうな本をいくらか買った。

 中でもデマや買い占め、自粛警察云々、集団心理の凶暴性や同調圧力の強さにドン引きする一方で興味深いなとも思うことが多くて、とりあえず古典の名著っぽい『群衆心理』を読んだらとても面白かった。心理的群衆の性質として挙げられているもの3つ、1.個人を抑制する責任観念の消滅、2.精神的感染、3.被暗示性があらゆる場面での「度が過ぎた集団」に当てはまるなと思ったりした。

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6.『レイシズムルース・ベネディクト

レイシズム (講談社学術文庫)

レイシズム (講談社学術文庫)

 

 今年は特に「Black Lives Matter」に関する本がたくさん本屋さんに並んでいたが、私にあまりに知識がないのでとりあえず名著っぽいこの本を読んだ。何かを知りたくなった時にとりあえずまず最初にロングセラーにあたってみるという方法が割と好きなんだなと気付いた。

 この本は「人種」というものがいかに非科学的で曖昧なものかということを説明し、そんなものに当然優劣などない、という説を展開している。にもかかわらずレイシズムが横行するのは誰かを攻撃することによって優位に立ちたいという心理が働く不安定な立場にある者、例えば時の政権などがあ

るからだ、という内容。この本が発表されたのは1940年。そこから80年も経っているが今読んでも一つも古臭さがない、ということは今もそういう現象が起こっているからということだと気が付かざるを得なかった。

 

7.『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ

白の闇 (河出文庫)

白の闇 (河出文庫)

 

 やっぱり読みたくなってしまったパンデミック小説。でもカミュの『ペスト』は読んでない。 何となくこちらを選んだ。

 ある日突然失明して目の前がまるでミルク色の海のように真っ白になる病が、爆発的に人から人へ伝染していく話。国の政策によって隔離された失明者と感染者(いわゆる濃厚接触者)が過ごす精神病院で生まれる自治と、暴力による支配。これ、今の話…?と思ってしまう部分もあって怖かった。「目が見えなくなる」ことによって初めて「見えるようになる」ものがあって、良いも悪いも含めて人間の本能が露呈する様。

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8.『われら』エヴゲーニイ・ザミャーチン

われら (集英社文庫)

われら (集英社文庫)

 

しかし分ってもらいたい、すべて偉大なものは単純なのだ。ゆるぎないもの、永遠のものは、加減乗除の四則だけなのだということを、分っていただきたい。そしてこの四則の上に組み立てられた道徳だけが偉大なもの、ゆるぎないもの、永遠のものとして残るのである。—151頁 

 「単一国」で「守護局」の監視のもと、「時間律令板」によって行動が画一化される「われら」の話。ナンバーで呼ばれる「われら」は「緑の壁」によって遮られているため自然に触れることはなく、セックスも「薔薇色のクーポン券」が発券された日にしかできず、生殖行為も統制されている世界。そしてその世界を統べる「慈愛の人」に逆らえば「機械」で抹殺される—という、独特の単語がたくさん出てくるディストピア小説で、中二病の自分にはたまらない本だった。セックス描写がここまで機械的な小説読んだことない。すごく笑える。

 究極の監視社会で思考停止する「われら」が生きる世界は加減乗除の四則で全て表すことができる、つまり割り切れなかったり解明できなかったりすることのないシンプルで乱暴な世界なのだけど、そんな不自由さよりも"強いものに属する"ことのできる喜びが勝るわけで、それは確かにラクなのだろうなと思う。

 

9.『回遊人吉村萬壱

回遊人 (徳間文庫)

回遊人 (徳間文庫)

  • 作者:吉村萬壱
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: 文庫
 

 妻と子との暮らしに行き詰まりを感じた男が白い錠剤を飲むことによって何度でも過去へ戻り、妻を選ぶか、妻の友人を選ぶか?試行錯誤するタイムリープもの。『TENET』が好き、『時をかける少女』が好きな自分からしたらもうこの設定だけでたまらないわけだけど、そこは吉村萬壱さん、SF小説かと聞かれるとそうでもない…という複雑さ。

 人類を救うためでもなく誰かを守るためでもなくあくまで我がのためにタイムリープを繰り返す主人公が可笑しいのと、やり直すことができれば上手くいくなんて甘いものでもないのとでどうしようもない話なのだけど、不思議と愛おしくなるのが吉村さん、という感じで好きだった。

 

10.『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』熊代亨

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて

  • 作者:熊代 亨
  • 発売日: 2020/06/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  清潔な街、質の高いサービス、お行儀の良い人々。世界でもトップレベルといえるかもしれない秩序ある国、日本に生きる現代人が新たに抱える生きづらさについて。こういう話が好きな人はすごく好きな本だと思う。

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 今まではフィクションを読むことの方が多かったけど、今年はフィクション/ノンフィクションの割合が5:5くらいだったように思う。コロナによって色んなものが露呈した、かつ一人の時間が増えてそのことを考える時間が増えたからかなと思うが、単純に年を重ねるにつれて興味の幅が広くなってきただけかもしれない。あとこの十冊の中には入れなかったけれども、今年完結した漫画『A子さんの恋人』も素晴らしかったです。

 来年はもっと読みたい。