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「惚れたが負け」は本当か 『胸騒ぎの恋人』

 

胸騒ぎの恋人(字幕版)

胸騒ぎの恋人(字幕版)

  • 発売日: 2014/07/04
  • メディア: Prime Video
 

監督・脚本:グザヴィエ・ドラン

出演:グザヴィエ・ドラン、モニア・ショクリ、ニールス・シュネデール

 

 マリーとフランシスは親友同士の男女。そんな二人が、掴みどころのないみんなの人気者・ニコラという同じ男を好きになってしまい—というお話。

 映像美と造形美と音楽で耽美的なのだけど、片想い、恋の鞘当てあるあるがユーモラスに描かれていてクスクスと笑えるところがたくさんあった。

※以下、ネタバレになるかもしれない部分があるので注意してください。

 

 ニコラを巡って親友同士のマリーとフランシスがさりげなくお互いにマウントを取ったり駆け引きをしたりする時の何とも言えない表情がとても良い。お互いにニコラに惹かれていることは言葉にはしていなくともバレバレなのに、それでも敢えて口には出さず何ともないフリをしているこの微妙さ。ただこうして二人がニコラの一挙手一投足に一喜一憂していることに、ニコラは恐らく薄々気付いているのに一切関与しようとしない、この冷たさに切なくなる。マリーとフランシス、どちらも完全なる独り相撲で少し痛々しい。惚れたもん負けで、でもこれが片想いなんだろうな。

 

 とにかくニコラという男が罪深いが、こういう人は確かにいるよな~~~という実感でいっぱいになる。性別を問わず周囲にいるできるだけ多くの人から好意を向けられることが好きな人。意識してか無意識か、自分を好きにさせるだけさせるため、少々気のある素振りくらいは余裕でする。ちょっと密なスキンシップも、「愛してるよ」くらいの一言も、何の気なしにさらりとこなす。

 

 しかし飄々としているように見えて実のところ用心深く、相手に決定打は打たせない、つまり告白させたり交際を迫らせたりお互いの関係性について言及させないところが憎い。なぜならその気持ちには応える気がないから。はっきりとフッてしまったら、自分たちの関係性が恋人同士に発展することはないと明確にしてしまったら、自分のことを好きな相手が自分のもとを去ってしまうから。核心をつきそうになったらのらりくらりとかわし、ただ相手が完全に愛想を尽かさぬよう絶妙な距離感を保ち続けるこのある種のスキル。結局ほのかな恋愛風味を醸し出すだけ醸し出いといて、ニコラは誰とも本気で付き合う気はないんだろう。この"恋愛風味"が一番ラクで、一番楽しいものね。正直分かる。でもどこか虚しい。

 

 かくしてマリーとフランシスの二人はそれぞれの過程を辿って失恋をする。それでもニコラは完全に相手をフッたわけではない。はっきりとした言葉で相手を拒絶したわけではない。この微妙に解釈の余地を残す感じがまた憎い。それが実は、シンプルにフラれるよりももっと傷つくことを、ニコラは分かっているんだろうか。鍋の火、て…絶望…そりゃマリーもタバコ吸わなきゃやってられないよ…。

 

 マリーとフランシスが久しぶりに再会したカフェで、これまた言葉にはしないけど恐らく失恋したのだろうことをお互いに悟る時の表情もまた趣があってぐっときた。こうしてお互いの傷を撫で合って、雨でびしょ濡れにならないよう傘を差し向け合える相手がいれば、それで良いではないか。恋愛風味を繰り返す空虚よりも、恋愛に没入できる二人の方が充実しているように見えて眩しかった。案外この世は惚れたもん勝ちなのかもしれないと思えるラストのオチが最高。声に出して笑ってしまった。

 

 それにしてもここまで憎い憎いと言い続けてきたニコラのことが本当は好きすぎて困る…。こういう"悪気のない"男のタチの悪い魅力に抗うには成熟した精神と理性が必要…。頭では分かっていても、実際には難しいよなぁ…とニコラを見ながら頭を抱えてしまった。面白い映画でした…。