読んだもの見たもの聴いたもの

本やアイドルが主成分

『ハバナ零年』、『赤い魚の夫婦』、『わたしの物語』

 最近たまたま立て続けにラテンアメリカ文学を読んだので、三冊まとめて感想を書く。ラテンアメリカ文学に全く詳しくないのだけど、出てくる人々の外向きのパワーが強かったり、かと思えばその村社会では閉塞的で土着的でどこにも行けない感じがあったり、読んでいるだけで暑くて湿っていて肌にまとわりつく感じがしたりするのが好きで、要するに混沌としていて好きなんだと思う。と言いつつ『百年の孤独』は未だに読んでなくて、いつか、いつか読む…。

 

ハバナ零年』 カルラ・スアレス

わかる?わたしたちは、ゆっくりと、ときには白黒のカメラで動く国にいて、疲れないことといえば、笑うこととセックスすることと夢を見ることしかなかった。だからこの国では笑い、セックスをし、夢を見る。ずっと。どんなことも夢にみる。—254頁

 ソ連の崩壊をきっかけにした経済危機が最も極まった1993年のキューバが舞台。何もかもなくなってしまった現状から、一から立て直しをはかるしかないまさしく「零年」を生きるキューバの人たち。そんな環境下で、電話が実はグラハム・ベルの発明品ではなく、イタリア人の発明家・メウッチがハバナで発明したものであるという説を聞いた数学教師のジュリアが、それを証明しようと意欲に燃える話で、めちゃくちゃ面白かった。証明するためにいろいろな人物と協力したり利用しようとしたりするのだけど、その人たちとの駆け引きがとてもスリリングで、ミステリのようにも読める。

 停電が頻発し食糧も十分ではなくみんなが自転車で移動するしかない生活の中で、夢を見られるなら題材は何でも良かったジュリアの、どんな状況でも意欲的に生きようとするパワー、転んでもタダでは起きない強さ、したたかさに読んでいるこちらも元気が湧いてくる一冊。ラストの締め方もすごく好き、ジュリア節!!!って感じ。

人生における目的の欠如は精神の荒廃に繋がり、精神が荒廃していることに耐えられる肉体はない。ただ死ぬだけ、ぼろぼろになって消えていく。わたしは目的がないのがいつも怖かった。—34頁

ジュリアと友達になりたい。

 

『赤い魚の夫婦』 グアダルーペ・ネッテル

 これも本当に良かった…。メキシコ人作家による短編集。どの短編も、メキシコの市井に生きる人々の何気ない暮らしとそこにある不穏さを、そのそばにいる生き物が象徴しているような、そんな怖くもあり不思議な感覚のする一冊だった。

 私は特に『ゴミ箱の中の戦争』が好きだった。夫婦仲が破綻し精神を病んでしまった母親から引き離された息子が引き取られた伯母の家で、その家に出たゴキブリを退治しようと伯母や女中が躍起になる話なのだけど、その退治方法が鳥肌モノで…というのはいったんさておいて。母親のそばにいたくて、でも母親が自分と一緒にいられる精神状態ではないことも分かっているから今の状態を静かに受け入れている息子と、家の隅でじっとしているゴキブリとが重なり合うような、胸がぎゅっとなる寂しい話だった。

 

『わたしの物語』 セサル・アイラ

声が聞こえて、その声が伝える命令の内容を理解し、それに従おうとするのですが、できないという感覚……なぜなら、わたしが何か行動を起こすとすれば、現実の中でしかできなかったはずなのですが、わたしがそこに入っていきたいと思って近づくと、現実は同じ速さでわたしから遠ざかっていくからです……—90頁

 アルゼンチン作家セサル・アイラを読むのは『文学会議』に続き二冊目なのだけど、これもまた変な本を読んだ…!!という気持ちでいっぱいになる面白本だった。「わたしの物語、というのは、「わたしがどのように修道女になったか」という物語ですが、それはだいぶ早い時期、まだ六歳になったばかりのころに始まりました。」から始まり、ある少女の六歳の頃の話が延々と続くのだけど、少女は一向に修道女にはならない。そもそもどうやら周りからは息子として扱われているようにも読めるので、少女なのかどうかもよく分からない。父親に連れられてアイス屋さんに行くも、その父親から大事にされているのかどうかもよく分からないし、なぜそのアイスがそんなに不味いのかもよく分からない。とにかく何が本当のことなのか何も分からないまま物語は進み、あれよあれよと衝撃のラストまで連れていかれてしまう。

 これを読みながらずっと今村夏子の『こちらあみ子』を思い出していた。もちろん全然似た話ではないのだけど、なんとなく、全くもって悪気の無い認知の歪み、意味を意味として上手く捉えられない感じ、それによって周りの人の磁場まで狂いだすことに気が付けない感じ、でも物事の本質は誰よりもついている感じ、その雰囲気が共通している気がする。

 とにかく面白いとしか言いようがない話なのだけど、読み終わって苺アイス食べたいかどうかと言われると食べたくはない。表紙も怖い。そんな(?)一冊。