読んだもの見たもの聴いたもの

本やアイドルが主成分

最近読んだ本 フィクション編

 2022年に入って2ヶ月が過ぎようとしているけれども、特に何ら真新しいことはなく、平日はほぼ仕事に終始して、休日に死んだように眠り、たまに起きては本を読み、また寝る暮らしをしている。

 たまに奮起してお出かけしていて、少し前は角川武蔵野ミュージアムへ行ったりもした。なんといっても松岡正剛の監修のもと、9つの大枠のテーマとその下のいくつもの小テーマに合わせて25,000冊の本を選書し、それらの本が連想ゲームみたいなイメージで配架されているブックストリートが圧巻だった。一生の本読みの時間をあの場所で費やせる。あと、角川出版の本30,000冊が並べられている「本棚劇場」がまるでインターステラーの多次元空間のようで興奮した。

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 そんななかで最近読んだ小説のまとめ。

 

『エレホン』サミュエル・バトラー

(前略)「われこそ真実を知れり」と告げる者がほんとうに真実を知っていると信じることで、その者に自分で考える手間を省いてほしいという欲望は人間の心の奥深くまで巣食っているようです。—277頁

 1872年にイギリスで出版された本。イギリスの羊飼いの青年が開拓地を求めて辿り着いた国「エレホン」は、病気や不健康な人間の方が、本来的な犯罪よりも重たく罰せられる国だった。病気や健康か否かは個人の体質や生まれた家庭の生活ぶりによるところも大きいけれど、一人の他者を強制的に否応なくこの世に産み落とす身勝手な振る舞いである出産によって生まれた子がその全てを受け止めるしかないため、それで罰せられても諦めるしかない。「不運」こそがその人の罪である。

 …というような価値観のもと一見清潔で人々はみな優しいユートピアの国エレホンで、羊飼いのイギリス人青年がサバイブする様子を彼自身が報告している形式をとった小説。優生思想や反出生主義に究極の自己責任論、先天的資質や育った家庭から生まれた格差の固定化に技術的シンギュラリティなど、ありとあらゆる要素がギュウ詰めのユートピア/ディストピア小説だから、自分が大好きな小説に決まっていた。

※以下、ネタバレ注意

 この本がもっと面白いのは、エレホン国の中でも上に書いたようなディストピア的世界が広がっているのに、最後の最後で主人公である羊飼いのイギリス人青年が、エレホン国へ入植して思想強化政策めいたものをやっちゃおう!それに向けて出資も募ります!といって資本主義経済の極みみたいなことを計画し、出資者に呼びかける形で終わっているところ。どこのレイヤーにおいても「富める者のみがさらに富んでいく」という構造を浮き彫りにする皮肉ききまくりのラスト、ひっくり返るくらい面白かった。

 

スローターハウス5カート・ヴォネガット・ジュニア

「今日は平和だ。ほかの日には、きみが見たり読んだりした戦争に負けないくらいおそろしい戦争がある。それをどうこうすることは、われわれにはできない。ただ見ないようにするだけだ。無視するのだ。(後略)」—158頁

 ある時を境に、自分の生涯の未来と過去を行き来する時間旅行者となったビリー。何度も飛ばされる先の過去で、第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり過酷な生活環境を強いられる様子や、連合軍によるドレスデン空襲を受ける様子が出てくるが、これは著者自身の戦争体験に根差している。

 過去と未来の往来によって目まぐるしくシーンが入れ替わりながら、異星人に誘拐されてトラルファマドール星の動物園に収容されたりもするという奇天烈SF設定ではあるものの、これはSFなのかもしれないし、もしかしたら戦争という大不条理を経験した人間の精神の混乱なのかもしれない。

 

スローターハウス5に続いて、次に読んだのがこれ。

『眠りの航路』呉明益

平岡君、わからないことがあるんです。どうしてぼくたちは米国に敗けたんですか?天皇陛下は現人神じゃなかったんですか?神風はなんで吹かなかったんですか?ここ数日の間、三郎はすでに自分が「戦勝国」の一員になっていることを知っていた。—249頁

 自身の睡眠の異常に気が付いた「ぼく」が、太平洋戦争の末期に台湾から神奈川へ少年工として渡った父・三郎の人生を追憶していく話。

スローターハウス5』はドイツ軍の捕虜となりドイツで(ドイツの)終戦を迎えたアメリカ兵の話だったけど、こちらは日本名を名乗らせられ少年工として日本で働き、日本の終戦を迎えた台湾人の話。

両方の作品に共通しているのは、大量殺戮を前にして人は無であること、戦争の中にあって個々の人間は何も尊重されないこと、そうした不条理を前にして何もなす術がないこと、そうした経験は無事に生き残ったとしても決して忘れず、なかったことにはならないこと、そこで負った傷は治らないことだった。

 

抱擁家族小島信夫

 たまには昔の日本文学も読まなくては…というムーブメントが自分の中にあり、読んだ本。1965年に文芸誌に掲載された小説で、妻が米軍キャンプの若い兵士と浮気したことから家庭の崩壊が始まり、なんとか建て直そうとする夫の悲劇であり喜劇だった。

戦後の高度経済成長期にあって、それでも拭えない敗戦・アメリカコンプレックスのようなものと、この家庭において妻の浮気相手である米兵と新しく建てた洋式の家という二つの欧米の風が吹く中で、かつての家父長制がベースの家族にはもう戻れないという家父長制の終焉。この二つによって夫の自尊心やアイデンティティが崩れ去っていく過程が描かれていて、夫に感情移入すると痛ましいのだけどもう誰にも止められない大きな時代の流れを感じる。

 

popeyed.hatenablog.com

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 本当に全部面白かった。なかでも『だれも死なない日』、『エレホン』、『ハバナ零年』は2022年ベスト10に入ってくるのではないかと思う(この時点でもう早3冊…)。