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『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』レジ―

 今日は『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』を読んだ。こういう議論の出発点、みたいな本は読むと楽しい。

 こういう本を読む時に、ファスト教養を積極的に摂取する側を妙に見下したような、そういう言説だったら嫌だな~と思うのだけど、この本はそこを意識的に排除しているのが良かった。教養のあり方が「人生」と結びつく以上、人生のあり方を規定する時代の流れが教養に対して影響を与えることは当然であり、そうした意味では、今は「ビジネスに役立つ」知識の大枠をざっくりと把握しておくことを、知っておくべき「教養」と定義するニーズが高まっている時代なのだということを出発点にして、決して単純な批判、対立構造にはしない作りになっている。

 

 ではビジネスパーソンをそういう思いに至らせる要因は何なのか、ということに結構な紙幅が割かれているのだけど、能力主義と自己責任論は大いに関係しているのだろうなと私も思う。仕事ができない、稼げないのはその人の努力が足りないからであり、だからこそいつでもそうした努力をしているかどうかを測られている状態にあって、その努力の一つが(ビジネスに役立つ)知識を身に付けること。「知りたい」ということは目的ではなくてあくまでビジネスの「ツール」。そう考えると、そうした自己研鑽に励むのはレベルアップしたいというポジティブな動機もあるとは思うけど、それよりも今の仕事や給与水準から少なくとも振り落とされたくはない、というネガティブな動機の方が大きくて切実なんじゃないかと思う。

 

 自分は普段読んでいる本の99%は仕事に全く関係のない内容で、読んでいる本を仕事に役立てようと思ったこともなければ、あの時明確に役に立ったな~と覚えていることもない。仕事ができるタイプの人間じゃないのにこの体たらくでもう少し焦った方が良いのでは?と思うけど、性格だから仕方ない。本を読むと自分の教養の無さや無知が露呈して、また本を読む、の繰り返しだけど、特に何もはっきりとは覚えていないし、自分の肥やしになっているとも思わない。では何のために本を読んでいるのかというと「知りたいから」以外に理由がない。だから(副題の)「10分で答えが欲しい」とは思わない、というか知りたいのであって著者以外の誰かに教えられたくはないというか、私にとってのその本の面白ポイントがその10分の中に必ず含まれているとは思えないというか、面白さは自分で見つけたい、みたいな我が強いのだと思う。我が強い人間の、ただの趣味。

 だから本書で書かれているビジネスパーソンの焦りは同じサラリーマンとしてよく分かるけど、それでも同じ行動を取ることができない自分は、いろんな局面において鈍感なのだろうなと思った。

 

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