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「男女の友情は成立するか?」という問いに対する一つの答え 『カツラ美容室別室』山崎ナオコーラ

 

カツラ美容室別室 (河出文庫)

カツラ美容室別室 (河出文庫)

 

 

  高円寺に引っ越してきた佐藤淳之介というサラリーマンが主人公。その淳之介が近所に住む知り合いの梅田からおすすめされたカツラ美容室に通うようになり、そこで勤める美容師のエリとの、友情とも恋愛ともつかない曖昧な関係を描いた小説である。

 

 描写はとても細やかであり、本筋に関わらないところ、例えば風景や他人同士のちょっとしたやりとりなどが決して仰々しくなく、さりげなく書かれているので、その光景が自分の眼の前に立体で立ち上がってくるようである。なので長嶋有さんの解説にあった、

読み終えるまでの時間は短くても、ちゃんと彼らと長い期間つきあった気がする。

 という言葉は言い得て妙だと思った。

 ところで、私は男女の友情は成立しないと思っている方だ。視野が狭いことは重々承知で言うけれど、悩みを吐露できたりお下品なことで盛り上がったりお腹が痛くなるほど笑い合ったりできるのは女友達とであり、恋愛感情を抱き、触れあいたいと思うのは男性の恋人であって、それ以外の男性との関係を少々おざなりにしてきたところがある。その恋人というのも、一目惚れしかしたことのない私にとっては初対面の時から好きな人であり、"男友達"という関係を経由したことがない。そんな私を、ナオコーラさんは正面から刺してきた。

男女の間にも友情は湧く。湧かないと思っている人は友情をきれいなものだと思い過ぎている。友情というのは、親密感とやきもちとエロと依存心をミキサーにかけて作るものだ。ドロリとしていて当然だ。恋愛っぽさや、面倒さを乗り越えて、友情は続く。走り出した友情は止まらない。 

 という一節である。

 

 確かに淳之介とエリの関係を見ているとその通りだと思う。電話でなにげない会話をする親密感もあれば、エリが男といるところを目撃して淳之介がやきもちをやいたり、お互いに少し体を触れさせて性欲が表出したりすることもある一方で、淳之介がエリの口から発せられる愚痴に辟易として面倒だと感じたり、すれ違いによってしばらくの間連絡を取らなくなったりする。恋愛っぽさと面倒さのどちらもありながら、安易に恋人同士にはならないのである。

 

 ただ、こうした二人の関係も悪くないなぁと思える、そんな心地の良さを二人に感じた。今後この二人は恋人同士になるかもしれないしならないかもしれないけど、今はただお互いを必要としていて、関係を持続させたいとお互いが思っている。その状態を大切にするのも良いなぁと思ったのである。今までの私は白か黒かハッキリさせなければ気が済まない性質、つまり男性との関係でいうところの、恋人同士になるかならないかのたった二択しか持ちあわせていなかった。でも最近になって、"曖昧さ"を受け入れる必要性や、それを受け入れる心の余裕の必要性を感じるようになってきていたので、そんな折にこの作品を読んだことで、男女の関係に関するある種の良いお手本に出会えたのかもしれない。

 

 今でも淳之介やエリをはじめとするカツラ美容室別室に関わる人たちはどこかで生きている気がするし、そんな彼らと同じ時間を生きながら、私は男性との関係を見直していきたいと思う。