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地球はローカル 『宇宙からの帰還』立花隆

 宇宙からは、マイナーなものは見えず、本質が見える。表面的なちがいはみんなけしとんで、同じものに見える。相違は現象で、本質は同一性である。—248頁 

宇宙からの帰還 (中公文庫)

宇宙からの帰還 (中公文庫)

  • 作者:立花 隆
  • 発売日: 1985/07/10
  • メディア: 文庫
 

  もう、オッッッ…モロ………!!!!!ってページをめくる手が止まらなかった。あまりに夢中になってのめり込んでしまったせいで、宇宙飛行士が語る、宇宙船の外で空間にただただ浮いている時の無音、静寂、ゾッとするほどの暗闇を想像した時になぜか泣いていた。情緒大丈夫か。

 

 本書はジャーナリストの立花さんが宇宙飛行士にインタビューをし、宇宙へ行ったことによって受けた内的体験やその後の変化に迫ったもの。そもそも「宇宙飛行士は地球へ帰ってきた後に宗教的になることがある」みたいなことを聞いたことがあって興味はあった。映画『TENET』鑑賞後からの物理学ブームでいくつか本を読んだところ、宇宙に関してあまりに分かっていないことが多すぎる、そんな宇宙に身を放り出せば理屈では説明し得ないもの、それはもう神の力のようなものを感じるのはさもありなん、という気持ちを強くしたので、これを機に積読本の中から本書を取り崩してきた。

 

 宇宙へ行ったことによって受けた内的インパクトはもちろん人によって異なるが、多くに共通していることはやはり宗教観への影響だった。

 

 本書に出てくる宇宙飛行士はみなアメリカ人であり、その信仰心の深さにばらつきはあるものの幼い頃から教会へ行く習慣はあった人がほとんどである。だからそもそも神の存在に否定的であるわけではなかったが、そんな彼らが宇宙から地球を見た時に、神の存在を頭上ではなく(地球にいる時、神は何となく頭上にいるというイメージがあるが)すぐそばにいるように感じる、あるいは自分と同一、つまり自身が神の目を持ったと答えている人たちがいて興味深かった。理屈では説明できない精神世界である。

 それほどまでに宇宙から見た地球は、偶然に素粒子同士がぶつかってできたなどとは思えない、誰かが何らかの意志を持って作ったとしか思えないほどに美しい。ではそんなものを誰が?となると、もうそれは神としか言いようがない、ということらしい。その想像を絶する美しさは、私がどれだけいろんな本を読んでも天文台へ行っても科学館へ行っても追体験することはできない、数少ない宇宙飛行士だけが目の当たりにできるものである。

 

 そして宇宙飛行士たちは、そんな美しい地球が宇宙における惑星のうちのone of themにしか過ぎないということに否応なしに気付かされる。それほどまでに宇宙空間はだだっ広く、その中の地球は小さい小さい一つの星でしかない。

神の名は宗教によってちがう。キリスト教イスラム教、仏教、神道、みなちがう名前を神にあてている。しかし、その名前がどうあれ、それが指し示している、ある同一の至高の存在がある。それが存在するということだ。宗教はすべて人間が作った。だから神にちがう名前がつけられた。名前はちがうが、対象は同じなのだ。—265頁

 また違う宇宙飛行士も言う。

あらゆる宗教が神とはいかなる存在で、かつ彼がいかにしてこの世界を作ったかを詳細に語っている。しかし、宇宙で私が感じたのは、そんなことはどうでもいいじゃないかということだ。宗教の細かな教義なぞどうでもよい。目の前に宇宙は美しくある。それだけで充分じゃないか。その美しさにただ堪能せよ。—301頁

 

 帰還した宇宙飛行士たちがみな口を揃えて言うことがあるという。それは、地球上における国家間の対立や地域紛争、人種問題、宗教間の対立、このことがいかに取るに足らないちっぽけでバカげたことであるかということだった。そもそも地球が宇宙の中でローカルな存在なのだから、その地球で起こっている全てのことはローカル中のローカルな事象であり、 宇宙規模で見たら地球上で発生している差違は全て誤差の範囲内…どころかもうそれは同じに等しいのである。達観の境地であるが、宇宙へ行くことは叶わないとはいえ、地球人もその視点を持つことができれば何かが変わるのか。ただこうした宇宙飛行士の声を聞くことができただけでも、良かったと思う。

 

 その他にもたくさん興味深いことが書いてあった。中には野次馬的好奇心が満たされるものも。

・飛行中のハプニングにより船内の温度を下げに下げたため眠れないほどに寒くなった時に、覚醒剤を服用してその場を凌いだこと。(→積極的なドラッグの利用。去年話題だった『幻覚剤は役に立つのか』はやっぱり読みたいな。)

・宇宙飛行士は訓練があまりに厳しく家での滞在時間が短く、またその訓練なども世界各地で行われることから、家庭を顧みることが物理的に困難であり、家庭不和である場合も多いらしい。基地ごとにその周辺には宇宙飛行士と寝ることをステイタスにした女性たちが存在し、そういった女性たちと浮気をする宇宙飛行士もそれなりにいる。

・著者がインタビューした宇宙飛行士たちの飛行時期は1959~1966年頃であり、米ソ冷戦の真っただ中。宇宙飛行は米ソが国の威信をかけたプロジェクトであり、政府から宇宙飛行士へのアプローチもかなり露骨。

・宇宙から地球を見ても、各地で光化学スモッグが起きたりしているのがその目で見えるらしい。 ただし複数の宇宙飛行士が、人為的環境汚染よりも自然による環境汚染(例えば火山の噴火による大気汚染など)の方がよっぽど圧倒的な量であると言っていたのは興味深かった。とはいえ人間が何も気にしなくても良いわけではないが、人的営みと共存する形で環境を保護する方法を模索する方向へ舵を切る元宇宙飛行士も何人かいた。

 

 ここ最近読んだ中では一番好奇心をくすぐられる本だった。こんな本を読んでしまうと、どうしても自分の目で地球を見たい、宇宙旅行がしたいと思ってしまう。宇宙船の中に留まるのと宇宙服のまま船外へ出るのとではまた得られる精神体験は違うようだが、宇宙旅行は恐らく前者になりそうだな。この先宇宙へ行くには、宇宙旅行ができるだけの莫大な旅費を用意するか、前澤社長の恋人になるかの二択ではないのか。どちらの確率の方が高いだろうか、と思ったりした。

 

連想した本、今後読みたい本

 読みたい本。『宇宙からの帰還』は前提として多かれ少なかれ宗教的素地のある人たちが対象だったが、一般的に無宗教の人が多いといわれる日本人の場合どうなのか、興味がある。

 

  読んだ本。宇宙について何が「分かっていない」ことなのかを明らかにする本。宇宙についてその95%が解明されていないらしいので、"知らないこと"と"存在しないこと"は違うのだなぁと思った。

 

図解 世界5大宗教全史

図解 世界5大宗教全史

  • 作者:中村 圭志
  • 発売日: 2016/06/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 買った本。前々から宗教をもっと勉強したいと思っていたのだけど、『宇宙からの帰還』を読むと尚のこと強く思って買った。 宇宙飛行士たちが帰還後、宗教的な内的精神についてはあまり言及してこなかったのは、キリスト教徒が多いアメリカでその教義から逸れることを口にするのが憚られたから、という理由があった。それほど日本以外の国では宗教の持つ意味合いが大きい。