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自分を愛す可しで「可愛い」 『おんなのこきらい』

女の子はいろいろ、きっかけもいろいろ

終わりにもいろいろ、いろいろあるんです

                     『女の子入門』ふぇのたす 

おんなのこきらい

おんなのこきらい

  • 発売日: 2016/05/18
  • メディア: Prime Video
 

監督・脚本:加藤綾佳

出演:森川葵、木口健太

 

 とにかく可愛いことだけが取り柄のキリコはチョコレートやマカロン、とにかく可愛い食べ物を「可愛いもの全部自分になあれ」と唱えながら食べては吐いてを繰り返す過食症の女の子。女の子の価値は可愛さで決まる、可愛くなければ愛されない、そのために女の子から嫌われたって構わない、どうせ女の子なんて嫌いだし。そんなキリコが仕事でアクセサリー作家の幸太と出会うが、いつものお得意の媚びが幸太には通じなくて…というお話。

 

 精神を抉られた。私自身はひとつも可愛くないのだけど、それでもキリコの気持ちが分かる、と思った。キリコの言う「可愛くなければ視界に入ることもない」現実は確かにあると思うから。その中で一生懸命に生きるキリコに感情移入すると辛くて、可愛いだけではやっていけないことも分かっている今のタイミングで観ても、たくさん泣いてしまった。

※以下、ネタバレを含む箇所があります。

 

 まず絶妙だなと思ったのは、キリコが絶世の美女ではないことだ。アニメで例えるなら、キリコがルパン三世峰不二子ならこうはなっていなくて、ドラえもんのしずかちゃんだからこうなる。男から見ればいつもニコニコしていて単純で御しやすそうな女で、女から見れば確かに可愛いが決して勝てなくもない女。この絶妙なポジショニングがキリコに可愛さを必死に追い求めさせるのではないかと思った。

 

 そんなキリコだが当然可愛いものは可愛いのでとにかく男からちやほやされまくるのだが、そんな女の子が決して自分をちやほやしない男を好きになるのも、とてもよく分かる。純粋な恋心もあるだろうが、努力の賜物による自分の可愛さに自負もあって、他の誰よりも可愛い自分が選ばれないようでは自尊心が傷ついて耐えられない。だから振り向いてもらえるまでは何が何でも諦められない、という自尊心との戦いでもあるのではないか。

 

 結局のところ、キリコは本当は「おとこのこきらい」なのではないか、と思う。可愛い顔した自分がちょっと上目遣いで見上げればころっと態度を変える男たち。彼女がいたってお構いなしに自分を口説いてくる男たち。自分とご飯を食べたりセックスしたりすることを何かの景品が当たったかのように喜ぶ男たち。可愛い自分の内面まで見ようとはしない男たち。散々ちやほやした挙句、結局最後は自分を選ばない男たち。本当はそんな男たちを冷ややかな目で見つつ、いつかは本当に自分を選んでくれる人がいるかもしれないと思いながら、愛されるために一生懸命に可愛く振る舞うキリコのことを、私は性格が悪いとは思わない。キリコは自分の可愛さを自認しているが、可愛くない自分は愛されないという認識があるように感じられて、本当はかなり自己肯定感が低い女の子だと思う。

 

 それに本当は、キリコは「おんなのこすき」、というか「おんなのこすき」になりたいのではないかとも思った。素直に思いを伝えられる職場の後輩・茜や、分け隔てなく接してくれる幸太の彼女・ユリエのような、そんな女の子に本当はなりたくて、そんな女の子と友達になりたくて仕方ないのではないか。でもそんな経験がほとんどないからどう接していいのかも分からないし、自分が一番可愛いと思っていても、ありのままで素敵な目の前の女の子には敵わなくて、嫉妬と好きが入り混じる気持ちなのかな。「おんなのこきらい」と言っていないと自分の可愛いというアイデンティティが保てないという気持ちなのではないかな。

 

 だからこそ、終盤の砂場のシーンでボロボロ泣いてしまった。やっぱり選ばれないんだ、可愛いだけではダメなんだ、というキリコも本当はとうに気付いていたことを目の前の大好きな人に優しく突き付けられて辛い。彼から言われた「可愛いよ」は他の誰から言われる「可愛い」とも違う、キリコの心の拠り所になった「可愛い」なのに。誰も悪くないだけに辛さがすごい。キリコの自己肯定感の低さがここで一気に露になって泣いてしまう。自分の内面まで見てくれる人をやっと見つけたのに一緒になれないキリコのこの失恋は、自尊心の戦いとか見栄とか計算とかでも何でもなく、人生で初めての掛け値なしの失恋だったのではないか。

 

 最後、少しご無沙汰だったお化粧をばっちりして自転車に乗るキリコはやっぱり可愛い。だけどこの「可愛い」は他人に認めてもらうための「可愛い」ではなく、自分が自分を好きでいられるための「可愛い」にシフトチェンジする第一歩のような気がして、良いラストだった。

 

 観終わった後、どうしてもこの曲が聴きたくなったし、キリコにも聴いてほしいと思った。「君も可愛く生きててね。」


大森靖子『絶対彼女 feat. 道重さゆみ』(MV)

追記

 『おんなのこきらい』を観てから主題歌の『女の子入門』(ふぇのたす)を聴いているのだけど、間奏のメロディーが自分好みなだけでなく、歌詞もキリコのことを思ってぐさぐさと刺さる。

女の子入門

女の子入門

  • provided courtesy of iTunes

でも女の子ずっと続いてくきっと

だから昨日のあなた助けてね

ほらバトンタッチずっと続いてくきっと

だから明日のあなた安心して 

  最初聴いた時の「あなた」はキリコみたいな女の子を救い出してくれる幸太みたいな男の子かと思ったけど、この「あなた」は女の子のことなのかなと思い始めた。「可愛い」に囚われるキリコを助けるのは昨日の、つまり昨日まで囚われていたけどそこから抜け出した女の子で、キリコもいつか「可愛いだけが全てじゃない」ことに気が付いて脱出することができるようになるから明日の、つまり現在進行形で囚われて苦しい女の子も安心してね、ということなのかな、と思ったりした。

 

 深読みか~。