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本やアイドルが主成分

2020年4月某日 大量消費/人間の価値/母娘

 年度初めの第一週がようやく終わった。人事異動の時期なので本来であれば絶対に飲みに行っていただろうけど、コロナの影響により歓送迎会などは全部自粛。帰りにいつもの本屋さんへ立ち寄る。今村夏子さんの新刊『木になった亜沙』が発売されてる…!日本文学はのちに文庫化される確率が高いのでそれまで待つことが多いけど、今村さんだけは単行本を買うようにしているので即購入。『こちらあみ子』の衝撃から数年新作が出ない状態が続き、もしかしてもう書かないのかな…?と残念に思っていた時期があるから、今村さんには少しでも多くの反響を届けたいという気持ちがある。寡作がいけないとか、寡作の理由が売上だけにあるとか、そういう風には全く思ってないけど、いわゆる推し作家なので惜しみなくお金を使いたい、ということである。引き続き本棚をうろうろしていると『岐路の前にいる君たちに 鷲田清一式辞集』が。自分が必ず聞いたはずの告辞が載っていたので目を通すも、全然覚えていない…もったいない…。

みなさんは、明治期以降一二〇年ほど経って、この国で初めて、右肩上がりの経済ベクトルが折れ曲がり、長期的な不況の時期に入った時代に生れ、育たれました。「明日はきっと今日よりよくなる」という経験をいちどもしたことがない世代の出現です。

(中略)

これまでの社会を牽引してきたいわゆる「成長」という物語、大量生産・大量消費による「豊かな社会」の構築というのとは別の物語を紡ぎだしつつ、 それに沿って来るべき社会のあり方を構想していかなければならない、そういう世代としてあなたがたはいます。

 働いていればいくらでも儲かる、という実感もなくむしろ会社が倒産する可能性だってあると思いながら働き、コロナでさらに国の借金が増えそ~もう老後はいよいよ年金ないよ~と思いながらじわじわと上がっていく年金保険料を払い続けているので、胸に迫るものがある。最近薄利多売ではない方法で成功している飲食店の本が売れたりしていると思うけど*1、今後そういう流れもあるのかなぁ、人口は減るし。薄利多売ではなく、薄売多利?でも一度大量消費モードになったマインドを修正するのは難しいんだろうなぁと思ったりした。その他にもイタロ・カルヴィーノパロマ―』を買って本屋さんを出た。

 

 お腹が空いたのでカウンターの餃子屋さんへ入る。隣でスーツの男性2人が飲んでいる。会話のテーマは「人間の価値は何で決まるのか」らしい。若い方が、「他人から評価される人。明日その人がいなくなった時に困る人の人数が多い人」が価値が高いと答えていた。なるほど。

 例えば勉強の得意不得意をテストの点数で格付するとか、足の速さを50m走のタイムで優劣をつけるとか、そういう定量的な価値判断をその分野において行うことはアリだと思う。だけど人間の価値という定性的な判断というのは難しい、というかできないんじゃないか。誰とも関わることなく、自分の不存在を誰にも困ってもらえなかったとしても、自分の人生まぁ悪いもんでもないな、くらいにぼんやり思えたらそれで良いな、とこれまたぼんやり思いながら黙々と餃子を食べる。餃子2人前と白ご飯。唐揚げとポテトサラダも食べた。

 お行儀が悪いけどごはんを食べながらディック『流れよわが涙、と警官は言った』の続きを読む。前半は上手く入り込めなかったけど、後半、主人公のタヴァナーと"警官"が交わりだしてきた辺りからぐんぐん面白くなってきた。本筋には大きくは関係しないけど、タヴァナーが一時助けを求めた陶芸家のメアリー・アンが語る母娘の断絶が苦しくて印象的。

わたしが育ちざかりの子供のころで、母はそのために*2いつも病院通いをしていたわ。それで、いつかその病気で死ぬだろうけど、そのときわたしは悲しみやしないだろうねって―病気がまるでわたしのせいみたいに―母はずっと話のたびにそう言っていたの。

 

そんなある日母が訪ねてきたの。

ほんとうにてこずったわ、すわりこんで、体の痛みや、不満なんかをつぎつぎとしゃべるの……とうとうわたしは言ったの、"夕食の買い物に出かけなきゃ"って。そして逃げ出すように店に出かけたわ。

 

それではっとわたしが顔をあげると、そこはスーパーマーケットの中の肉売場だったの。わたしの気に入りのすてきな店員がやってきて声をかけたわ。"今日はなんになさいますか、お嬢さん?" わたしは言ったの。"夕食用に腎臓(キドニー)パイがいいわ" まったくばつのわるいことを。"大きなキドニー・パイよ、サクッとして柔らかくてホカホカとおいしい肉汁のたっぷりしたのがいいわ" "何人分ですか?” 母はぞっとするような表情で、じっとわたしを見つめてたわ。

 腎臓病を患う母への強烈なカウンターパンチ。母娘ってどうしてこんなに難しいんだろう。ただこれを受けたタヴァナーが「花瓶は弁償するよ。いくらだ?」って自分がさっき割ってしまった彼女作の花瓶のことしか気にしてなくて笑った。メアリーがこんな独白してるのによくスルーできたな。

 

 帰宅。SMAPがスマスマで2013年にやったシングル50曲メドレーを見る。長らく封印していたけど、中居くんの退所会見以降、憑き物が落ちたようにまた見られるようになった。「さぁ写真は基本Vサインで」。5人が並んでピースしているのを見られたら、それだけで自分の生活に価値を見出せるよ、とさっきいたサラリーマンに伝えたくなった。

 

 

木になった亜沙

木になった亜沙

  • 作者:今村 夏子
  • 発売日: 2020/04/06
  • メディア: 単行本
 
こちらあみ子 (ちくま文庫)

こちらあみ子 (ちくま文庫)

  • 作者:今村 夏子
  • 発売日: 2014/06/04
  • メディア: 文庫
 
岐路の前にいる君たちに ~鷲田清一 式辞集~

岐路の前にいる君たちに ~鷲田清一 式辞集~

  • 作者:鷲田清一
  • 発売日: 2019/12/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
パロマー (岩波文庫)

パロマー (岩波文庫)

 

*1:『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』中村朱美(佰食屋) でした。

*2:進行性の腎臓病。