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避けて通れない女の"ルックス問題" 『亜美ちゃんは美人』綿矢りさ

 

かわいそうだね? (文春文庫)

かわいそうだね? (文春文庫)

 

 

※ネタバレを含みます。念のため、その箇所は文字色を薄めておきます。

 

 今までに読んだ綿矢作品の中で、今のところ一番好きな作品。表題作の『かわいそうだね?』と『亜美ちゃんは美人』の二篇が収録されているのだけど、私は特に後者の作品が大好きなので、そちらの感想を書きたい。

 

さかきちゃんは美人。でも亜美ちゃんはもっと美人。

 こうした書き出しで物語は始まる。もうこの時点でヒリヒリして、続きを読み進めずにはいられない。 さかきちゃんと亜美ちゃんは高校で出会い、大学に進学し、卒業した後も付き合いの続く親友同士である。しかしタイトル通り、亜美ちゃんは美人。さかきちゃんだって美人なのに、亜美ちゃんの隣にいるとどうしても引き立て役になってしまう。

 特に女性の世界において、"容姿"の持つ意味合いの大きさは凄まじいと私は思う。「人間は中身が大事だ」と何回も聞いたことがあるし、確かにその通りだと分かっている。でも心のどこかで、可愛い・綺麗・スリムこそが正義であり、勝ちだと思っている節があるし、それを実感する機会も多いのではないかと思う(そうでない女性ももちろんいるとは思うけど)。こうした気持ちから劣等感を抱えることは多分にあり、それはたとえ仲良しの友達間であっても存在するのだ。そんな劣等感を亜美ちゃんに抱えているのがさかきちゃんであり、それでも亜美ちゃんを支え、友達であり続ける彼女の気持ちが痛いほどに伝わってきた。

 

  ただ、私がもっと興味深かったのは亜美ちゃんの方である。亜美ちゃんは美人で、美人であるがゆえに妬み嫉みといった悪気や邪気がなく性格も良いので、誰からも愛されてきた。そう聞くと、何とも羨ましい限りだと思う。ただ亜美ちゃんは、男を見る目がない。その結果、亜美ちゃんは何の仕事をしているのかもよく分からなくて礼儀も作法もなっておらず、なにより亜美ちゃんのことを

「あいつを好きだと思ったことは一度もない」

 と言い放つ崇志という男と付き合う。自分のことを好きでない人にどうしても惹かれてしまうのだ。これは、先述した「男を見る目がない」というただそれだけのことでは決してないと思う。亜美ちゃんは誰からも愛され過ぎてきたばっかりに、無意識に周囲の期待に応えようとして孤独を深めるのである。みんなが自分のことが好きであるという環境で、自分のことを全く好きでない人に惹かれ、どれだけ痛い目にあっても追いかけてしまう気持ちは想像に難くない。そんな亜美ちゃんの苦悩も、痛いほどに伝わってきた。

 

 この作品で、本筋には大きく関わらないけれど「綿矢さんすごい…!」と震えたポイントがある。それは最後の方で、さかきちゃんは"坂木蘭"という名前であることが明らかになるところだ。さかきちゃん、というあだ名は名字からとったものだったのである。私はここに圧倒的なリアリティーがあると思った。美人な斉藤亜美ちゃんのあだ名は、決して斉藤からとられない。亜美ちゃんといることで相対的に引き立て役となるさかきちゃんが、"蘭"というこんなにも可憐な名前があるというのに、その名前ではなく名字で呼ばれるのだ。女性の世界において、名字で呼ばれるか名前で呼ばれるかということは、そこでのその人の立ち位置や関係性を表すことが多いように思う(どちらが上だとか下だとかは当然ない)。そういったリアリティーがこの作品にもしっかりと行き渡っていてゾッとしたと同時に、より綿矢さんが好きになった。

 

 表題作もすこぶる面白い。女性なら、登場人物の女性に共感したり苛立ったりすると思うけど、男性はこうした女性たちに対してどういう感情を抱くのだろう…と、とても気になる。