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"無意味"って素晴らしい 『時をかけるゆとり』朝井リョウ

 

時をかけるゆとり (文春文庫)

時をかけるゆとり (文春文庫)

 

 

圧倒的に無意味な読書体験

 文庫本の帯にはこう書いてあり、平台の上で一際目立っていた。表紙に写っている鉄棒にぶら下がった男子学生3人も見るからに無意味なことをしているようで可笑しい。

 『時を~』に改題して文庫化する前の単行本『学生時代にやらなくてもいい20のこと』も以前に2回読み、文庫化した本作もすぐさま購入して読んだので、私が本作を読んだのはこれで3回目である。にもかかわらず、笑える。難しいことをいっさい考えたくない時、とりあえず笑いたい時にうってつけで、どのページから読んでもプッと吹き出すことができる。

 

 内容は岐阜県出身の朝井リョウさんが送った東京での大学生活がメイン。旅行計画をたてたりカットモデルに挑戦したりなど、他の大学生も経験しうることもあれば、コスプレをして100㎞を歩いたり、東京から京都までの500㎞を自転車で移動したりなど、正気に戻って「なぜ自分はそれをするのか」ということについて考えたら心折れてしまいそうなことを、朝井さんは経験している。

 こうしたことについて書かれたエッセイからは、朝井さんは明るくてお友達にも好かれていて非常に朗らかそうな印象を受ける。ただ、どのページからも共通して私が感じたのは、そうした印象の一方で朝井さんが他人のことはおろか、自分のこともどこか冷めた目線で観察していることだった。楽しい時もはしゃぐ自分に突っ込み、思い通りにいかない時も不甲斐ない自分に突っ込む。さらには大学2回生の時に出版社から依頼されて書いた就活エッセイを自分で添削したり、自分の直木賞受賞エッセイを「スかしたエッセイ」だとして紹介したりする。こうした自虐的な目線からの突っ込みの鋭さ、観察眼の鋭さが可笑しみとなって随所に散りばめられていて、本当に面白いエッセイだった。

 

 タイトルにもついている"ゆとり世代"というとどこか冷めていて物事に対して夢中になれないところがあると揶揄されることもあるけれど、それは悪いことばかりでもないし、そもそも本当に何についても冷めきっているわけでもない。エッセイに書かれているように、無意味なことになぜか一生懸命に取り組む妙な熱っぽさもあるのが本当だと思う。そんな状況下でも発揮される朝井さんの客観的な冷静さが"ゆとり世代"から多少なりともきているのだとしたら、解説の光原百合さんがおっしゃるようにそれは素敵な世代かもしれない、と思いたい。

 

 帯通り「圧倒的に無意味な読書体験」だったけど、金なし・暇ありの大学時代は無意味なことこそが楽しいという節もあると思うので、"無意味"がここでは褒め言葉。本当に楽しくて面白くて無意味な読書体験だった!

 

 

(余談だけど、無意味なことに精を出していた大学時代を経てその無意味さの尊さを忘れてしまった時に聴きたいのが、SMAPの『Joy!!』なのかなぁと思った。「無駄なことを一緒にしようよ 忘れかけてた魔法とはつまりJoy!!Joy!!」!)