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イタくて尊い片思い小説 『愛がなんだ』角田光代

 

愛がなんだ (角川文庫)

愛がなんだ (角川文庫)

 

 

 OLのテルコがマモちゃんという男性に出会い、片思いをする小説…と言ってしまえばそうなのだけど、この片思いっぷりが半端ではない。マモちゃんから電話がかかってくればたとえ仕事中であっても出るし、お誘いを受ければ仕事をさっさと切り上げて退社してしまう。社会人として失格なのである。さらに悲惨なのは、そこまでしてテルちゃんが必死にマモちゃんを追いかけているにもかかわらず、マモちゃんは全くテルちゃんのことを恋人にする気がないことだ。完全なる一方通行の片思い。読んでいて心底胸が痛くなった。

 

 ただ、私はそんなテルちゃんのことを全くもって他人事とは思えなかった。

マイナスであることそのものを、かっこよくないことを、自分勝手で子どもじみていて、かっこよくありたいと切望しそのようにふるまって、神経こまやかなふりをしてて、でも鈍感で、無神経さ丸出しである、そういう全部を好きだと思ってしまったら、嫌いになるということなんて、たぶん永遠にない。 

 というテルちゃんの独白に、思いきり共感してしまったからだ。

 物事を「好きである」と「どうでもいい」に二分してしまい、「どうでもいい」の筆頭に自分自身を置いてしまうテルちゃんの不器用さと行き過ぎた真っ直ぐさを、第三者として否定することはできる。いくらマモちゃんのことが好きだからといって、周囲が全く見えなくなり仕事をおざなりにしてしまうテルちゃんは、社会人としてはやっぱり間違っていると思う。でももし自分がテルちゃんと同じ立場なら「これでいいのだ」と自分を肯定してしまう危うさが、私にはあるような気がしてならない。私とテルちゃんの間には「人間として真っ当に生きなければならない」という理性と自尊心の差しかなく、しかもその差はごく僅かではないのかと思うと、心底ゾッとした。

 

 それでも、テルちゃんを羨ましいと思う気持ちが心の中のどこかにある。自分の全てを投げ打ってマモちゃんに恋をするテルちゃんのある種のシンプルさ、潔さが羨ましいのだ。私はやっぱり世間体を気にしたり、相手に見返りを求める気持ちが生まれたりして、一時的にテルちゃん並みに熱烈に恋をしたとしてもそう長くは続かないだろう。それでいい、それでいいのだけど、本当に…?と考えだしたら、危ない。